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河野太郎 “虚像の改革派” 一族企業から“お小遣い”6000万円

「次の総理」ここが危ない!

「週刊文春」編集部

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〈自民党を変え、政治を変える。〉

 そんなスローガンを掲げるのが、河野太郎ワクチン相(58)。長老政治打破を期待する世論を追い風に、総裁選をリードしてきた。だが、河野氏は本当に自民党を変える「改革派」なのか。

 

菅首相、進次郎氏、石破氏が支持

 新総裁に相応しい人を問う共同通信の党員調査(9月17日、18日)でも48%超でダントツ首位だった河野氏。これに気を良くしたのが、菅義偉首相だ。

「伸び悩む議員票に菅首相は『一発で決めないとマズいな』と漏らしていましたが、打って変わって『あの数字、見たか』と上機嫌でした。告示日には『麻生派が仕切るべき』と尻込みする小泉進次郎環境相を説得し、河野氏と小泉氏、石破茂元幹事長がグータッチする3ショットを演出するなど、裏で陣営を取り仕切っています」(首相周辺)

 首相は二階俊博幹事長との連携にも余念がない。

「9月15日夜に、赤坂宿舎で森山裕国対委員長を交えて二階氏と会談している。党員票で優位に立ち、決選投票で勝ち馬に乗りたい二階派の票を上積みする戦略を描いています」(同前)

 現時点では「次の総理」に最も近い位置にいる河野氏。冒頭のように、自民党を変えると主張するが――。

「河野氏は事あるごとに古い自民党を否定していますが、彼自身は、党内きっての世襲議員なのです」

 そう語るのは、自民党幹部の一人だ。

 河野氏の祖父・一郎氏は副総理、一郎氏の弟・謙三氏は参院議長、父・洋平氏は野党時代の自民党総裁を務めたが、いずれもあと一歩で総理の座に届かなかった。一方、母の武子氏は伊藤忠商事の創業者、伊藤忠兵衛の曾孫に当たる。政界屈指の名門一族なのだ。

父・洋平氏は元自民党総裁

慶應を選んだ理由

 63年、平塚市に生まれた河野氏は幼少期から両親の期待を一身に受けてきた。一郎氏の書生を経て、洋平氏の秘書を13年間務めた府川勝平塚市議が振り返る。

「太郎さんが赤ん坊の頃、寝ている頭を跨ごうとすると、武子さんから『ダメ! 将来があるんだから』と怒られたものです」

 地元の公立小学校を卒業後、慶應中等部から大学までエスカレーター式に進学した。はとこに当たる目黒区議の河野陽子氏が言う。

「お父様(洋平)もおじいちゃま(一郎)も河野家はみんな早稲田です。太郎さんは、『どんなに勉強して早稲田に入っても、結局は“親の七光り”と言われてしまう』という思いもあり、慶應を選んだようです」

 ところが、慶應大に入学した河野氏はわずか2カ月で中退すると、米ジョージタウン大に留学した。

「現在の物価で年約700万円とされる留学時の学費は、洋平氏が負担した。『お前、行ってみるか』と背中を押されての渡米でした」(地元政界関係者)

 帰国後、86年に富士ゼロックスに就職。同社に約7年間勤務するなどした後、河野氏は96年、政界へと転身する。小選挙区制が導入され、中選挙区時代に洋平氏が地盤とした旧神奈川5区は3つの選挙区に分割。洋平氏は小田原市を中心とする17区から、河野氏は平塚市を中心とする15区から出馬したのだ。

 当時、「親子による選挙区の山分けだ」と批判の声が上がったが、8月下旬に出版した自著「日本を前に進める」(PHP新書)では、こう綴っている。

〈河野洋平に応援に来てもらったらどうかという声も出ましたが、「河野太郎の選挙だ。河野洋平は関係ない」と突っぱねました〉

 だが、実際は洋平氏が“全面支援”を行っていた。前出の府川氏が証言する。

「当時、神奈川県議だった私が15区から出馬することで、県連内部で調整がついていました。ところが選挙直前になると、洋平さんが自宅を訪ねてきた。正座で『申し訳ないけど降りてくれ。太郎がどうしてもやりたいと言っている』と。洋平さんの頼みですから従うほかありませんでした」

 河野陣営の選対幹部となった府川氏が目にしたのは、一族丸抱えの選挙戦だった。

「選挙戦を仕切った『大幹部会』のメンバーは商工会や商店街の幹部など、洋平さんから引き継いだ支援者ばかり。彼らが動き、初陣を飾れたのです」(同前)

 しかし、以降も河野氏は〈政治に「河野家」を利用しようとはまったく考えていません〉(「諸君!」01年5月号)と公言するなど、世襲政治家であることを否定し続けてきた。

選挙前に多額の献金

 そこで小誌は、河野氏の政治資金を徹底調査。浮かび上がったのは、一族企業の強力なバックアップだ。

〈日本端子 1,000,000〉

 自民党が政権復帰を果たした12年衆院選の公示日当日。12月4日付で河野氏が代表の「自由民主党神奈川県第15選挙区支部」に対し、100万円を献金しているのが「日本端子」という企業だ。同社は同年3月にも150万円を献金。この年だけで河野氏への献金は250万円に及ぶ。

 一体、どんな企業なのか。

「洋平氏が初代の代表取締役で、自動車に使う車載用端子などを製造するメーカーです。中国系の海外子会社が3社ある。昨年度の売上高は約170億円で、河野氏の弟・二郎氏が社長を務めています。河野氏も富士ゼロックス退社後、取締役を約9年間、務めました。現在は洋平氏が3割弱の株を保有する大株主で、太郎氏と二郎氏もそれぞれ約2%の株を保有している。いわば、一族企業です。河野氏の初めての選挙戦でも、同社の社員が数多く選対事務所に詰めていました」(事務所関係者)

 目を引くのは、日本端子など一族企業から、特に選挙の年に多額の献金がなされている実態だ。例えば郵政選挙があった05年も、河野氏が代表の「新政フォーラム」に対し、日本端子が250万円、河野家の資産管理会社「恵比寿興業」が75万円分のパーティ券を購入しており、この年だけで一族企業からの献金は600万円を超える。

 初当選した96年から19年までの献金を合計すると、一族企業からの“お小遣い”は約6700万円に上るのだ。

 さらに09年に引退した洋平氏は12年12月5日付で、河野氏が代表の「河野太郎事務所」に100万円を献金。二郎氏も06年に80万円を献金するなど、一族からの個人献金も目立つ。

 献金ばかりではない。日本端子本社に隣接する延べ床面積395平米の自宅兼事務所。「2億円は下らない」(地元不動産業者)豪邸は、洋平氏の名義だ。

 政治資金に詳しい神戸学院大学の上脇博之教授が指摘する。

「これほど長期的かつ巨額の献金を一族から受け取っている以上、『河野家は政治に関係ない』とは言えません。世襲政治家が経済的に恵まれていることへの批判は高まっているだけに、改革派を掲げて首相を目指すのならば、より透明性の高い説明が求められます」

一族の献金が記された収支報告書

父が麻生氏と面会

 初出馬以来、一族からの支援を受け続け、当選回数は8回を数える河野氏。外相や防衛相など重要閣僚を歴任し、今回、総裁選への出馬を決めたのだった。

 実は、総裁選告示日2日前の9月15日、父・洋平氏は2人の重鎮の元を訪ねていた。一人は、派閥の領袖・麻生太郎副総理だ。

「世代交代が進むのを避けたい麻生氏ですが、洋平氏から『息子をよろしく』と頼まれました。最後は『俺が面倒みなきゃ』と、河野政権に手を貸す可能性は低くない。財務相を続投すれば、10月には高橋是清の在任記録を抜くという色気もあります」(麻生氏周辺)

 麻生氏と面会した後、洋平氏が訪ねたのが、青木幹雄・元参院議員会長である。

「青木氏は今も参院に強い影響力を持ちます。議員票では劣勢の河野氏ですが、青木氏の指示で参院が動けば、首相への道が拓けてくる。洋平氏は息子可愛さゆえに、頭を下げに行ったのです」(自民党関係者)

 河野氏に、一族から多額の献金を受けていることへの見解などを尋ねたが、期日までに回答はなかった。

 口では改革派のイメージを掲げても、中身は古い自民党そのもの。そこに、河野氏が抱えている危うさがある。

首相官邸の主となるのは誰か

source : 週刊文春 2021年9月30日号

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