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第498回「『新しい資本主義』とは?」

池上彰のそこからですか!?

池上 彰
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 1960年、当時の岸信介内閣が推進した安保条約改定をめぐり、政界は大混乱。国会に警官隊が導入され、改定反対を主張する野党議員を排除する騒ぎになりました。国会議事堂の周りには「安保反対」のデモが渦巻きました。

 安保改定を実現すると、岸内閣は退陣。代わって総理に就任したのが池田勇人です。岸内閣で日本国内は政治的に分断が進みましたが、池田内閣は「所得倍増計画」を掲げて国民の融和を目指しました。これを契機に、日本は「政治の季節」から「経済の季節」へと転換しました。

 その池田勇人の後援会としてスタートしたのが宏池会。その後、自民党内で大きな勢力を持つ派閥の名前になりました。

 現在から見ると、岸はタカ派、池田はハト派のイメージがあります。ところが池田は岸内閣で通産大臣(現在の経産相)を務め、評判の悪かった岸内閣を支えていたのです。自分とは考え方が異なるけれど、岸内閣を支えれば、次は自分が総理大臣になれると計算していたと言われます。岸の後継争いでは、自民党の重鎮だった大野伴睦も有力でしたが、結局、岸は自分を支えてくれた池田を後継総理に選びます。

 こうして総理になった池田ですが、岸の支援で総理になったというイメージがついて回り、“岸亜流”という批判も受けました。

 ところが、「寛容と忍耐」をキャッチフレーズに、「皆さんの所得を10年で倍増させます」と訴え、ブームになります。

 7月に総理に就任した池田は11月に解散総選挙に踏み切ります。慌てたのが当時の野党第1党の社会党です。格差の是正・貧困対策を訴えていたのに、池田の「所得倍増計画」で影が薄くなったからです。結果、選挙は自民党が圧勝しました。

 いまから61年も前の歴史をなぜ振り返っているかは、もうおわかりですね。岸信介の孫の安倍晋三元総理と、その後継だった菅義偉前総理に対し、岸田文雄総理は宏池会。しかも池田と同じ広島県が拠点。明らかに61年前を意識しています。

 池田は岸と考え方が違っていましたが、岸の支援を受けて総理に就任しました。今回の岸田も、最終的には安倍元総理の支援を受けました。その結果、“安倍後継内閣”などと批判されています。当時と構図が似通っていると思いませんか。

 岸田総理が打ち出したのが「新しい資本主義」。これは、安倍・菅内閣の新自由主義的な経済政策ではなく、富の再分配と所得拡大をめざすというもの。「成長と分配の好循環」という言い方をしていますが、いわば「令和版所得倍増計画」です。

 これに動揺しているのが立憲民主党など野党です。安倍・菅内閣で拡大した格差を批判し、「分配政策」に踏み切るべきだと主張してきたからです。いわばお株を取られたというわけです。このままでは61年前の社会党の敗北の二の舞になりかねないという危機感を持っています。

「話をよく聞く岸田総理」

 ところが岸田総理は、総理大臣に就任すると、これまでの発言の軌道修正が目立っています。「新しい資本主義」というスローガンは、要するにアベノミクス批判です。安倍元総理に気を使っているので、あからさまに批判はしませんが、「成長と分配の好循環」とは、金持ちばかりが豊かになってしまった経済政策を転換し、貧困層や中間層の所得が増える政策を進めるという意味です。

 かつて池田内閣の「所得倍増計画」によって、中間層の所得が増え、「一億総中流」と呼ばれる状況を実現しました。その再現が目標です。

 そこで岸田総理が早々と打ち出したのが、「金融所得課税の強化」でした。株の売却益や配当金への課税を強化するというもので、この方針を表明したとき、岸田総理は「1億円の壁」という言い方をしました。富裕層の所得が1億円を超えると、所得にかかる税率が下がっていく。これはおかしいという問題提起です。

 ここで思い出すのは、アメリカの大富豪ウォーレン・バフェットの発言です。彼は株への投資で巨万の富を築きましたが、「自分が納めている所得税率は、自分の秘書より低い」と発言したことがあるからです。

 アメリカの税制では、株の売却益や配当金への税率が給与所得への税率より低いため、株で利益を上げている自分の税率は、秘書の給与収入にかかる税率より低く済んでいる。これはおかしいという指摘でした。

 バフェットは、富裕層の金融所得に対して30%以上の税率をかけるべきだという「バフェットルール」を提唱しました。自分からもっと税金を取れと言ったのですね。当時のオバマ大統領も検討しましたが、金持ち優遇政策を進める共和党の反対で実現しませんでした。

 では、日本はどうか。日本では所得が1800万円を超えると、住民税を含めて50%の税金がかかります。手取りが半分になるわけです。さらに所得が4000万円を超えると、住民税を含めて税率は55%まで上がります。これが上限です(復興特別所得税は除く)。

 一方、株の売却益や配当金への税率は20%で済んでいます(これも復興特別所得税を除く)。

 お金持ちの多くは株を持っていますから、株の売買や配当金での所得が増えていけば、全体として所得にかかる税率は下がっていきます。所得が1億円を超えると、その傾向が顕著になるというわけです。

 この方針には快哉を叫んだ人もいたでしょうが、岸田総理は、突然金融所得課税の強化は将来のことと持論を封印しました。日経平均株価が大きく下がったからです。「金融課税が強化されれば利益が減る」と恐れた投資家が株を売ったためです。

 岸田さんの特技は「人の話をよく聞くこと」と自認しています。庶民より金融業界の声を「よく聞いた」ようです。さて、こんなことで池田元総理のように選挙で勝てるんでしょうか。
 

イラストレーション 3rdeye

source : 週刊文春 2021年10月28日号

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