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「新しい資本主義」再論|池上彰

池上彰のそこからですか!? 第502回

池上 彰
ニュース 社会 政治 経済

 先月のこのコーナーで、岸田文雄首相の「新しい資本主義」について取り上げ、まるで1960年のことのように思えると書きました。当時は岸信介内閣が推進した安保条約改定をめぐり、政界は大混乱。国会に警官隊が導入され、改定反対を主張する野党議員を排除する騒ぎになりました。国会議事堂の周りには「安保反対」のデモが渦巻きます。ところが、安保改定を実現すると、岸内閣は退陣。代わって総理に就任したのが池田勇人です。岸内閣で日本国内は政治的に分断が進みましたが、池田内閣は「所得倍増計画」を掲げて国民の融和を目指しました。これを契機に、日本は「政治の季節」から「経済の季節」へと転換した、という話でした。

 池田内閣は、総理に就任した年に解散総選挙に踏み切ります。慌てたのが野党第1党の社会党。格差の是正・貧困対策を訴えていたのに、池田の「所得倍増計画」で影が薄くなったからです。どうですか。今回の選挙でも野党第1党の立憲民主党は苦戦しました。似たような構図になったと思いませんか。

 岸田内閣は、早速「新しい資本主義実現会議」を発足させ、会議は11月8日、「緊急提言」をまとめて発表しました。1回目の会議が開かれたのが10月26日ですから、良く言えば猛スピードで、悪く言えば拙速にまとめた内容ということになるでしょうか。

 中身を見ると、「成長戦略」として、実に多数の目標を掲げています。「科学技術立国の推進に向けた科学技術・イノベーションへの投資の強化」ですとか、「デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進」だとか、「クリーンエネルギー技術の開発・実装」などが掲げられています。

 出た!「実装」という言葉。私たちは、ふだんこんな言葉を使いませんが、霞が関の官僚たちのお好みの言葉なのです。彼らがひっきりなしに使うので、最近は民間企業の中でも使われるようになりました。要は「実際に使えるようにします」というだけの意味なのですが、なんとなく格好いいと思っているのでしょうね。

 この「緊急提言」の冒頭には、提言に至った認識が、次のように述べられています。

「具体的には、1980年代以降、短期の株主価値重視の傾向が強まり、中間層の伸び悩みや格差の拡大、下請企業へのしわ寄せ、自然環境等への悪影響が生じていることを踏まえて、(中略)全てを市場に任せるのではなく、官民が連携し、新しい時代の経済を創る必要がある」

 ここで批判しているのは、小泉内閣以来の新自由主義政策です。この政策は安倍内閣も菅内閣も継承してきましたから、アベノミクス批判に通じるのです。

 この点について、『文藝春秋』12月号で、阿川佐和子さんが岸田首相を問い詰めています。さすが元祖「聞く力」の阿川さんです。

〈阿川 安倍路線とは具体的にどこが違いますか?〉

 さて、岸田首相の答えは。

やっぱりアベノミクス批判

〈岸田 アベノミクスは経済成長において大きな成果をあげました。ただ、その恩恵がなかなかトリクルダウンして所得の低い人までおりてこなかった。市場と競争に全て任せていても、成長の果実は還元されません〉

 どうですか、一応アベノミクスを評価するようなことを言って安倍元首相への配慮を見せながらも、後段ではアベノミクスは効果がなかったと言いきっているのです。

 さて、ではこれからどんな施策を打ち出していくのか。なんと緊急提言の翌日、4つの会議を設置したのです。来年夏の参議院選挙に向けて、実績を上げたいのでしょうが、一気に4つも設置したことで、似たような会議が林立することになりました。林立というよりは乱立かも知れませんが。それが、次の会議です。

「デジタル田園都市国家構想実現会議」、「デジタル臨時行政調査会」、「全世代型社会保障構築会議」、「公的価格評価検討委員会」

 このうち「デジタル田園都市国家構想」は、懐かしい名前です。岸田首相が所属する宏池会の大先輩の大平正芳首相が提唱した「田園都市国家構想」の現代版だからです。

「所得倍増計画」といい、「田園都市国家構想」といい、宏池会の先輩たちのスローガンを復活させようとしていることがわかります。

 ただし、新しい会議を次々に設立する一方、既に存在している会議をそのままにしているので、権限の重複が目立ちます。

 たとえば「新しい資本主義実現会議」は、小泉内閣や安倍内閣で大きな力を持った「経済財政諮問会議」と役割が重複します。諮問会議も経済成長を目標にしているからです。

 また、「デジタル田園都市国家構想実現会議」は、デジタル技術で地方活性化を目指します。これって、現在ある「デジタル社会推進会議」と、どこが違うのでしょうか。

 さらに「デジタル臨時行政調査会」は、現在の「規制改革推進会議」と「行政改革推進会議」と、もろに内容が重なっています。

 いずれも過去の内閣が新設したものや継続してきたものを、そのまま受け継いでいるから、こうなるのです。新しい施策を展開するのなら、従来の会議を発展させるか、あるいは廃止するかしなければ、効果がありません。こんなところも、岸田さんが、いろんな方面からの声を「聞く力」があるからでしょう。

 でも、それでいいのか。前掲誌で阿川さんは、こう畳みかけました。

〈阿川 総裁選の間はいろいろ忖度がおありだったでしょうけれど、総理になっちゃったんだから「あとは自由にさせてくれよ!」と思いませんか?

 岸田 自由にさせていただいていることもだんだん増えております〉

 岸田さん、これまで自由にできなかったことがあることを認めてしまっていますよ。いい人ですね。
 

イラストレーション 3rdeye

source : 週刊文春 2021年11月25日号

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