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「石炭火力」が悪者だが……|池上彰

池上彰のそこからですか!? 第503回

池上 彰
ニュース 社会 国際

 イギリスで開かれていたCOP26が、「産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑えるための努力を追求する」ことなどを盛り込んだ成果文書を採択して閉幕しました。

 ここでの会議の一番のポイントは、石炭火力発電所の扱いをどうするか、という点でした。

 ちなみにこのCOP26は「国連気候変動枠組条約」にもとづくもので、この条約に参加している国(締約国)の26回目の会議のことです。「気候変動枠組条約」と言っても、なんのことかピンとこないので、通常は「地球温暖化防止国際会議」と呼んでいます。

「気候変動」とは、一般論で言えば、地球の気候が変動することですが、これには自然の要因と人為的な要因があります。自然の要因としては、太陽活動の変化や火山の噴火などがありますが、問題になるのは人為的な要因のほうです。人間の活動で二酸化炭素など温室効果ガスが増加し、気温が上昇することです。

 地球は、太陽光によって暖められる一方で、宇宙空間に熱が逃げていくことで、世界全体の大気の温度のバランスが保たれています。しかし、二酸化炭素やメタンガスなどは、まるで温室のように熱を抑え込んで宇宙に逃げないようにする働きがあることから「温室効果ガス」と呼ばれます。

 温室効果ガスによって気温の上昇が続くと、南極の氷が溶けたり、海水温が上昇して海水が膨張したりして、沿岸部が水没する危機に晒されます。海水温が高くなると、台風の勢力も強大化し、被害をもたらします。

 そこで何とか温暖化を防ごうというのが、この会議。温暖化防止といえば、1997年に京都で開かれた会議(COP3)で、先進国が温室効果ガスを削減する目標を初めて掲げました。「京都議定書」といいます。このとき削減が義務付けられたのは先進国だけでしたが、2015年にパリで開かれたCOP21では、開発途上国も含め、参加国が、それぞれ削減目標を掲げました(パリ協定)。

 パリ協定では「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保つ」ことが目標として定められました。さらに1.5度未満に抑えることが努力目標として掲げられました。今回は2度ではなく、「産業革命前からの気温の上昇を1.5度に抑えるための努力を追求することを決意する」という表現になりました。なんだか回りくどい言い方ですが、それでも目標を2度からより厳しく設定したと言えるでしょう。それだけ参加国の危機意識が高くなっていたのですが、問題は「石炭火力発電所」をどうするか、という点で、これが最大の焦点となりました。

 環境への配慮の意識の高いEU(欧州連合)諸国は、二酸化炭素を大量に排出する石炭火力発電所をなくしたいと考えていますが、石炭火力に頼る比重が高い開発途上国は石炭火力を存続させたいと考え、対立したのです。

石炭火力は「廃止」から「削減」へ

 石炭火力の扱いについて、議長国のイギリスは当初、「排出削減対策が講じられていない石炭火力の段階的廃止」との表現で合意を目指しました。しかしインドなどが激しく反発。中国も同調し、会議の最終段階になって「廃止」の文言が「削減」に差し替わりました。

 結果、「温室効果ガス排出削減対策が講じられていない石炭火力の段階的削減に向けた努力を加速する」という表現になってしまいました。

「廃止」だったものが「削減」に弱まったことに欧州諸国などは抗議しましたが、イギリスのアロク・シャーマ議長は、「本当に申し訳ないが、合意全体を守るために不可欠な妥協だった」と声を詰まらせて涙ぐんだのです。

 この感情の発露に、会場からは拍手が沸き起こり、妥協案は承認されました。温暖化対策で合意が成立しなければ、そもそも会議の意味がなくなると考え、しぶしぶ妥協案に賛成した国も多かったのです。

 今回の会議では、石炭火力を廃止する気のない日本に対し、厳しい批判もありました。これには日本の立場もありました。

 たとえばイギリスに残る石炭火力発電所はわずか4基しかありませんが、日本は150基もあります。日本全体の発電のうち32%は石炭火力によるものです(2019年度実績)。これを一気に廃止するわけにはいかないというわけです。今後は2030年度までに石炭火力の比率を19%に下げる計画です。それでも19%もあるのかと海外からは批判を受けるでしょうが。

 日本が石炭を簡単には手放さない理由は、安さと燃料確保です。石炭は、最近でこそ値上がりしていますが、長期的には石油や天然ガスより安い点が魅力的です。

 また、石油や天然ガスは中東地域への依存度が高いのですが、石炭は世界各地から輸入できます。とりわけ日本に近いオーストラリアから輸入できるのが魅力です。保管も容易です。

 今回は「石炭火力発電の廃止」が問題になったと報じられてきましたが、よく見ると、厳密には違うのです。声明文によると、廃止あるいは削減の対象になったのは、「排出削減対策の取られていない」石炭火力となっています。

 逆に言えば、温室効果ガスの「排出削減対策」が取られている石炭火力は存続可能だと読むこともできます。これぞ妥協の産物。玉虫色の表現です。

 日本の石炭火力発電は、石炭を完全燃焼させるなどエネルギー効率が高く、従来型の発電所よりは二酸化炭素の排出量が少ないことも事実です。ということは、これからも石炭火力を保有できる伏線になっている共同声明であるとも言えます。

 その気になれば、石炭火力全廃を目指さなくてもいい。さて、これが弁明として世界に通用するのか。
 

イラストレーション 3rdeye

source : 週刊文春 2021年12月2日号

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