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ベラルーシ、難民を武器にした|池上彰

池上彰のそこからですか!? 第504回

池上 彰
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 難民を他国への嫌がらせに使う。こんな非人道的な行動をとっているのは、東欧のベラルーシです。今年の秋になって、中東からの多数の難民がベラルーシに入国して、ポーランド国境に殺到。ポーランドへ越境しようとして、ポーランドの国境警備隊に阻止される事態となっています。寒さが募る中で、大勢の難民は行き場を失っています。

 どうして多数の難民が押し寄せたのか。「欧州最後の独裁者」の異名をとるベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の策略と見られています。ルカシェンコ大統領による野党勢力への弾圧に抗議するEU(欧州連合)がベラルーシに対して経済制裁を科したため、その意趣返しを始めたというのです。

 ベラルーシといえば、今年5月、ギリシャのアテネからリトアニアのビリニュス行きの航空機がベラルーシ領空で、「爆破予告があった」と言われて、首都ミンスクの空港に着陸させられ、乗っていた反体制派ジャーナリストが逮捕されるという事件が起きました。要は虚偽の「爆破予告」を口実に、ルカシェンコ大統領にとって都合の悪い人物を捕まえてしまったのです。まさに国家によるハイジャックでした。

 出発地も目的地もEU圏内だったことからEU諸国は猛反発。ベラルーシに対して経済制裁を科しました。

 これに反発したルカシェンコ大統領が、難民を武器にして、EUに嫌がらせを始めたようなのです。

 というのも、押し寄せた難民は、いずれもベラルーシ政府からのビザを取得してやって来たからです。彼らの多くはイラクやシリア、アフガニスタンからトルコに逃げてきた難民たちです。あるいは、豊かなヨーロッパでの生活を夢見た移民希望者たちです。

 彼らが、どうしてベラルーシに来られたのか。実はベラルーシの国営旅行会社がベラルーシ行きのツアーを募集し、申し込んだ人にベラルーシ政府が簡単にビザを与えているからなのです。ツアー価格は日本円にして約25万円から50万円です。それを知った人たちが、地元で家や家財道具を売り払ってツアーに参加しました。「いったんベラルーシに入れれば、ポーランド経由でドイツに入れる」と考えたのです。

 つまりベラルーシ政府は、中東の難民たちを自国へ呼び寄せてEUに送り込もうとしたのです。まさに難民を武器とした外交です。

 EUでは2015年、多数の難民が押し寄せ、大混乱。ドイツのメルケル首相が受け入れを表明した結果、90万人もの難民がドイツに入りました。当時はメルケル首相の決断が高く評価されましたが、難民によって治安が悪化したことなどから難民を忌避するムードが高まっていました。それでもドイツに入れば、直ちに住む場所が用意され、生活費も支給されます。これは中東の人たちにとって夢のような話。そこでまずはベラルーシにやって来たのです。ベラルーシに入国した難民や移民たちは、仲介業者によってポーランド近くまで送り届けられているのです。

国境を閉じるポーランド

 慌てたのはポーランド政府です。国境警備隊を増強して、国境を越えて入って来る難民たちを阻止。ベラルーシに送り返しています。

 ところが、自国に入ってきた難民の扱いについては、難民条約により手順が定められています。難民申請を受けたら、その人物を保護した上で難民申請を認めるかどうか判断しなければなりません。その上で、難民と認められたら永住を認めなければならないのです。つまりポーランドがやっていることは難民条約違反なのです。

 本来なら他のEU諸国は、ポーランドの振舞いを批判するところですが、なまじポーランドを批判すると、「だったらお前のところで難民を受け入れろ」と言われかねません。そこで他国はポーランドの行動について、見て見ぬふりをしているのです。

 EUの中でもポーランドは難民を受け入れようとしないことで突出しています。11月16日には国境警備隊が難民たちに放水までして入国を阻止しました。

 ベラルーシまでやって来たのにポーランドに入れない難民たちの中には森に野宿せざるをえない人たちも多く、極寒のために死者が相次いでいるとも報じられています。

 ベラルーシは、「難民を受け入れたくないのなら、我が国への経済制裁をやめろ。そうしたら難民を中東に送り返すから」というわけです。

 EUは、中東から難民や移民がベラルーシにやって来ないように、彼らを乗せていたトルコの航空会社に要求。航空会社は搭乗を認めない方針になりました。

 これで難民・移民の数は増えないようになりましたが、難民・移民の扱いをめぐってEU諸国では対立も起きています。ルカシェンコ大統領にしてみれば、難民を使ってEUの結束を崩すことに成功したというわけです。

 ベラルーシでは、去年8月、大統領選挙が行われ、ルカシェンコ大統領が6選を果たしたと発表されましたが、不正が相次いだことから、怒った国民による大規模な反政府運動が起きました。ルカシェンコ大統領は、これを弾圧。これを見たEU諸国は、ルカシェンコを正式な大統領として承認していません。

 ルカシェンコ大統領としては、「難民を送り込むぞ」と脅すことで、EU各国に自分を大統領として承認させようとすると共に、EUの結束を崩すという一石二鳥を狙っているというわけです。

 そして、強気なベラルーシを背後でロシアが支援しているという構図が見えてきます。EUの結束が乱れるのは、ロシアにとっても都合のいいことです。かつてロシアと共にソ連の一部だったウクライナやジョージアがEUに入るのを阻止することにつながると考えているからです。

 かくして難民たちは、国際政治の谷間で震えているのです。

イラストレーション 3rdeye

source : 週刊文春 2021年12月9日号

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