見慣れた名字の方からのメールが弊社に。しかし、下の名前を見て「えっ」と声を上げてしまいました。その珍しい名字は当時よくご自宅に伺っていたお一人暮らしの女性のものでしたが、メールは息子さんから。用件は「亡くなった母の洋服の整理をしてほしい」とのことでした。

 息子さんとは以前一緒にお仕事をしたことがあり、彼の海外転勤が決まったタイミングで、洋服好きなお母様の相談相手になってほしいと依頼を受けていました。そしてしばらくぶりにいただいたメールが、お母様の訃報を知らせるメールだったのです。

 しばらくパソコンの前で、呆然……。息子さんが遠くにお住まいで、その寂しさもあったのか、お母様にはクローゼットチェックのご依頼と称し、よくご自宅に呼んで頂きました。少し洋服の整理やコーディネートを組んだりしたら、一緒にお茶を飲んでは色々な事を話したものです。長くアート系のお仕事をされていたお母様は、一見難しそうな服もさらりと着こなすセンスの持ち主で、私の方が勉強になるくらいでした。

 息子さんも、お母様に似て服が大好きで知識も豊富な方なのですが「(晩年の事は)霜鳥さんの方が自分よりよく知っているだろう」と、遺品の整理を私に依頼してくださったのです。

 でも、私はどこかで、遅かれ早かれそんな連絡を頂くのではないかと思っていました。「入院の準備をしたいから」と呼んで頂き、ついでにと、アイテム毎にそれにまつわる思い出話を聞きながら、一緒にご自宅の中を時間をかけて整理した日があったからです。その際、心身共に追い付かなくなったのか、いつもなら着こなしていたおしゃれな服達を処分しようとされていた事を思い出し胸が苦しくなりましたが、私にできる事は、聞かせて頂いた話を洋服を通して息子さんにお伝えし、手を伸ばせばいつでもお母様の温かさに触れられるものを作る事かなと思いました。

 コーディネートを組む時には、それを着て頂きお写真を撮るのですが、まずその撮りためていたお写真をフォトブックにしました。そして写真で身に付けているものの中で特に大事にされていたお洋服や小物と一緒に、衣装ケースに入れてお渡ししました。その中には、愛用されていた息子さんからの母の日のプレゼントのスカーフや、息子さんご自身がお母様のイメージを強く感じるというブラウス、クローゼットにずっと入っていたサシェ(香り袋)も入れました。少しだけお母様の思いを息子さんに語り継げたでしょうか。

 この一件あたりから、高齢になったという事でご自分の衣食住のスタイルが尊重されないシチュエーションがあるとしたら、それは本当に残念な事だと強く感じるようになりました。人生の終盤、削ぎ落とされて究極に近くなったスタイルを、もっと聞きたい、尊重したいと思いました。

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source : 週刊文春 2022年6月16日号