「前作から36年が経っていますが、オールドパイロットが人生最後のミッションをどう乗り越えていくのか、自分のパイロット人生と重ねあわせて感じ入ってしまって。鑑賞中には思わず手をぐっと握ってしまいました」
トム・クルーズ(59)主演で現在公開中の「トップガン マーヴェリック」についてこう語るのは、元航空自衛隊第306飛行隊長で、「熱血! “タイガー”のファントム物語」の著書のある戸田眞一郎氏(71)である。
元空自パイロット4人が語るこの映画の“萌え”ポイントとはーー。
5月下旬に封切られた同作は映画「トップガン」(1986年)の続編。現在、映画ランキングで首位を快走。国内観客動員数は200万人を突破し、国内興行収入も既に30億円に達している。
「公開直前にはトム・クルーズ本人が来日、5月23日には来日会見を開きました。『私は夢を生きることができる幸せな人間なんです』との言葉が印象的でしたね」(スポーツ紙記者)
“マーヴェリック”とは一匹狼を意味するトムのニックネームだが、同様に日本の空自パイロットも皆、TACネーム(愛称)を持つ。「Hachi」こと元空自F―15アグレッサーパイロットの前川宗氏(41)が語る。
「私はF―15に乗る資格を得た時に茨城県の百里基地で任務をすることになりました。その時の歓迎会でTACネームのプレゼンをして希望通りの名前をつけることを許されました。私は8人兄弟だったので、Hachiにしました。漢字にすれば末広がりになりますし、数字を横にすれば無限大にもなる、愛着のある名前です。本作の若きパイロットたちにもハングマン(絞首刑執行人)やルースター(成長した雄鶏)など意味深な名前がついていますから、その由来に思いを馳せるのも一興です」
50代半ばのトム・クルーズの強靭な肉体
映画の魅力を支えるのは細部に至る圧倒的なリアリティだ。出演者は全員、何カ月も前からGに耐える訓練を受け、実際に飛行する戦闘機のコックピットで演技した。
「REX」こと元空自Fー15パイロットの船場太氏(52)が語る。
「映画で主に使用されているのは、マクドネル・ダグラス製のF/A-18という機体です。Fはファイター(戦闘機)を表し、Aはアタッカー(攻撃機)を表す。愛称はホーネット。米軍においては湾岸戦争やイラク戦争などで活躍してきました」
こうした戦闘機、1機を1回飛ばすのに数百万円はかかるという。
前出の前川氏が補足する。
「私も戦闘機やパイロットが登場するドラマの監修をしたことがありますが、撮影のタイミングであれだけの実機を動かすためには米海軍の全面協力が欠かせません。米海軍がバックアップした映画を世界に発信することは、結果的にアメリカの国力をアピールすることにつながりますし、戦争の抑止力になる、という見方もできます。国を守るんだという愛国心とともに、自信に満ち溢れたアメリカの凄さが伝わってきました」(同前)
「Tiger」こと前出の戸田氏が語る。
「実機に乗ると体重の7~8倍の重力がかかります。撮影は約4年前だそうですから、トム・クルーズは当時すでに50代半ば。空自ならとっくに戦闘機乗りを離れ、司令官となっている年齢です。相当過酷な訓練を重ねたはずで、その強靭な肉体と精神には感服します」
女性パイロット役の彼女だけが機内で吐かなかった
前出の船場氏も、こう語る。
「映画で若いパイロットが失神してしまう場面がありますが、実は私も飛行中に意識喪失をしたことがあります。空での射撃訓練中にどんどん視野が狭くなっていき、体感が失われ、耳も聞こえていないような感覚になりました。共に乗っていた教官が私の状況に気がついてくれたおかげで、なんとか事無きを得ました」
今作では、前作にはいなかった女性パイロット(モニカ・バルバロが演じるフェニックス)が登場するのも注目ポイントの一つだ。彼女も過酷な訓練を事前に受けたという。
「日本の空自でも4年前に、女性のF-15パイロットが誕生して話題となりました。本作の撮影時には女性パイロット役の彼女だけが機内で吐かなかったと聞きましたが、私の教官時代の経験でも、耐G性においては女性のほうが、適性が高い面が確かにありました」(同前)
元空自パイロットでTACネームはカメラ好きから「NIKON」。今は航空写真家の赤塚聡氏(56)が語るのはリアリティと映画的演出の絶妙なバランスだ。
「敵機にかなり接近して攻撃する場面がありますが、あれは敵機から飛び散った破片で損傷を受けるので、実際はもっと距離をとって攻撃します。ただそれでは絵的に迫力がない。リアルさと画面の迫力を両立させるために相当議論を重ねたのではないでしょうか」
トム・クルーズの肉体美
前作から36年経過した現在は、「第5世代」といわれる高性能なジェット戦闘機に加え、ドローンや無人機も駆使して戦闘が行われるような時代となった。本作でもそんな時代背景が描かれている。
「映画の中でマーヴェリックもパイロットの存在感が薄れつつあることを認めながらも、無人機だけで戦う未来について『BUT、NOT、TODAY』と上官に反論しますね。マーヴェリックの言うように、コンピューターにはできない人間ならではの判断や勘、本能もある。パイロットが完全にいなくなる時代は、まだまだ先でしょう」(同前)
第1作目では訓練生がビーチバレーを繰り広げたが、本作では“マーヴェリック”と若きパイロットたちが上半身裸で、アメリカンフットボールで友情を深める。
「私も同僚とよくサッカーをしました。戦闘機パイロットは同僚とスポーツをすることで絆を深めます。出撃前には相当な恐怖が襲ってくることもありますので、いかにリラックスして過ごすかも重要になります。あのシーンではトム・クルーズを中心にパイロットたちの絆が感じられ、その鍛錬された強靭な肉体もあいまって非常に印象的なシーンです」
トム・クルーズの肉体美も見事なものだった。前出の赤塚氏が続ける。
「日本でも3年前までレッドブルのエアレース・ワールドシリーズが開催されていましたが、日本人の第一人者・室屋義秀さんが今49歳。50代であの肉体を維持し、戦闘機の高いGに耐えきるトム・クルーズは超人的な俳優といえます」
パイロットは行きつけの店も同じ
前作で殉職したマーヴェリックの相棒・グースの息子・ルースターが物語の鍵を握るのだが、これもありえない話ではないという。
「実際、空自でも初代ファントムの隊長が飛行中の事故で殉職された。その息子が父の背中を追うようにパイロットとなり、今は空将まで登りつめて活躍されています」(同前)
リアルなのは戦闘シーンだけではない。トップガンの面々が酒場で教官のマーヴェリックと会う場面もあるが、前出の船場氏が語る。
「パイロットは同じ基地で訓練しますから行きつけの店も同じ。いつも教官がどんと座っていました。映画でも店の独自ルールが出てきますが、我々もパイロット同士の独自ルールでゲームをして盛り上がりました」
前出の赤塚氏はこの映画公開後の影響についてこう分析する。
「IMAXカメラ6台を戦闘機に搭載して撮影した圧倒的な臨場感もありますし、アクションシーンだけでなく人間模様にもクローズアップしていて非常に見応えがありました。日本にもアグレッサーという戦闘機パイロットの精鋭たちがいますが、今後戦闘機パイロットを目指す若者が増えるのではないでしょうか」
元パイロットがこぞって萌える本作。視界は良好だ。
(配給:東和ピクチャーズ)
source : 週刊文春