海外首脳と響き合ったリアリズム|船橋洋一

証言「安倍晋三と私」

「週刊文春」編集部
ニュース 政治

 元朝日新聞社主筆でシンクタンク、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の創設者である船橋洋一氏(77)が、外交・安全保障の専門家として見た安倍外交について寄稿した。

 

 私は安倍さんの歴史認識を危なっかしく思っていたし、首相になってからの靖国神社参拝は賢明でないと思っていた。慰安婦問題に関する河野談話の見直しも当初は理解に苦しんだ。

 ただ、安倍さんは思想信条より、人間としての誠実さで最後は人を判断する奥行のある保守だったと思う。他の政治家にはない類まれな資質があると思い、そこに期待していた。一言で言えばThink bigそしてThink globalということだ。時代を読む嗅覚、世界を見据える視座、歴史的想像力、その中での日本の戦略的立ち位置の把握、そして独立自尊の気概……それらが安倍外交の骨髄を形作った。地政学と地経学の時代、そうした資質と要件が日本の政治指導者に一段と求められることになるだろう。

 安倍首相時代、知人の米国の要人を官邸での総理表敬訪問に何度もお連れした。米軍首脳OBの場合が多かったが、カート・キャンベル、ジェイク・サリバンなどの戦略家も同じように会えば必ず30分近く時間を割いてもらった。脚本も事前の打ち合わせもまったくなし、出たとこ勝負、真剣勝負の意見交換だった。

 安倍さんの外交・安全保障観は、パワーを冷徹に捉え、地政学的真実を直視し、その中で日本がどのように動けば、パワー・バランスに影響を及ぼし得るのか、法の支配とルール本位の国際秩序に役立てることができるのか、発想も行動もプロアクティブ(当事者的かつ積極的)だった。安倍さんが習近平、トランプ、プーチン、モディ、エルドアンなどの強権政治指導者との意思疎通に長けていたのは、この地政学的リアリズムがどこかで響き合うのだろうと思ったものである。

 安倍さんが退陣した後、APIが新書『検証 安倍政権 保守とリアリズムの政治』(小社刊)をまとめるにあたりインタビューを受けていただいた。本が出版された後、安倍さんに「安倍政治って、安倍さんがガマンした時がいい政治だったという気がします」と言うと、「ずいぶん、ガマンしましたからね」と笑った。その反動なのか、最近は言いたい放題、ガマンが足りなくなったなとも思った。

 最後にお会いしたのは今年6月1日。選挙応援演説の話になった。2017年夏の秋葉原駅前での都議選の街頭演説で批判を浴びた、「こんな人たちに、みなさん、私たちは負けるわけにはいかないんです」というセリフについて「あの発言には前段があるんです」。少数の人々によるシュプレヒコールに対し、演説を物理的に妨害するのは民主主義に反する、とくぎを刺したのだと。今、思い出して空恐ろしいものを感じる。「こんな人たち」の中にテロ行為をする民主主義の破壊者もいるのだ。この国は、国民も、国民が選んだ選良もまともに守れない。安全保障と危機管理の不備と不作為こそが、日本の民主主義を破壊するのではないか。

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source : 週刊文春 2022年7月21日号

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