短歌も能も「これだ!」と好きになったら、そのまま考えずにやっちゃうのよね。|馬場あき子

新・家の履歴書 第794回

寺尾 妙子
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(ばばあきこ 歌人。1928(昭和3)年、東京府生まれ。歌人、文芸評論家。「かりん」発行人。紫綬褒章受章。日本芸術院会員。日本文藝家協会会員。朝日新聞歌壇選者。著書に『鬼の研究』(ちくま文庫)など。最新刊は『馬場あき子全歌集』(KADOKAWA)。12歳で初めて短歌を詠む。)

 

 あのね、お金持ちのお姫様っていうのもいるけれど、貧乏人のお姫様もいるのね。私がそう。祖母が私を大事にしていて、黙って座っていれば、おはじきでも毬でもみんな与えられて、ささやかながら欲しいものがなかったのね。ぼーっとした子だった。

 小学校の教科書に古今集が載っててね、「わがやどの池の藤波さきにけり 山郭公(やまほととぎす)いつかきなかむ」っていう歌に感動した。家の近所に新興宗教の施設があって、そこの庭に入り込むと、池や藤棚があるの。いいな~と思って。今思えば、月並みな作なんだけど、響きがよかったのね。上の句だけで胸がドキドキして、五七調にハマったわけ。それが短歌にときめいた最初ね。

「一生に詠むうた読むうた 思ひ出に梔子のはな咲きそふやうな」「一期なる恋もしらねば涼やかにはみてさびしき氷白玉」などの短歌で知られ、民俗学や能にも造詣が深い馬場あき子さん。1928(昭和3)年、東京府豊多摩郡井荻町(現・杉並区)で早稲田大学出版部に勤める父と専業主婦である母の、ひとり娘として生まれた。

 私が赤ちゃんのときにはもう、母は結核で入院してたから、2、3歳の頃には西武池袋線沿いの江古田にあった母方の祖母の家で育てられたの。隣近所はしもた屋含みの六軒長屋で「柏原紙店」っていう雑貨屋を営んでてね。2階建てで1階には囲炉裏もありました。たぶん嘘だと思うんだけど、祖母は元は京都の綾部に住んでいたのが、水戸浪士の子という人と駆け落ちして東京に出てきたって言ってたの。朝、まだ寝てるときに子供のお客が「飴ください」とやってくると「また1銭の客や」って嫌な顔して痛む腰を上げてましたね。でも、店をやってて信用があったから、長屋を預けられて頑張っていました。母の妹で勉強ができる叔母さんもいて、私の面倒を見てくれていました。

産みの母の死後、ひとりで継母の元へ。三味線や踊りを習い、すごく楽しかった

 お正月になると店に羽子板や凧をばーっと吊るしてね。初荷が届くと法被を着た若い衆が「柏原紙店万歳!」とやってくれました。私と同じ年頃の男の子や、近所に住む伯母もやってきて百人一首をやるわけ。その伯母さんが小町かというくらい、美女だった。親の決めた相手と3回くらい結婚しては失敗して、お針の師匠をやって暮らしていたんだけど、この人が読む担当。その気取った感じがよくってね。ぽーっと聞いていると札を取るのを忘れちゃうの。

 数え7歳の2月に実母が亡くなり、越境して英才教育で知られる豊島区立西巣鴨第五尋常小学校に入学。勉強は苦手だった。

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source : 週刊文春 2022年8月18日・25日号

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