霊感を持たず、頑健な身体を持ち、少々目立つところのある私にとって、災難を運んでくるのはいつだって他者だった。だから、生きている人間が、一番怖い。もっと言うと本人にさえコントロールできないような人間の情念が一番怖い。『兄だったモノ』を読んでいると、薄気味悪い化け物以上にじっとりとした余韻を残す歪な愛の形に、改めて強くそう思わされ、ゾワゾワとした戦慄が止まらない。
兄の騎一郎を亡くした女子高生の鹿ノ子は、兄が最期を共にした小説家の男性・聖(ひじり)に恋をした。墓参りなどにかこつけ、聖の住む広島へ赴き交流を深めるが、彼のそばには緑の目をした怪物となりはてた“兄だったモノ”が。怪物から聖の命を守るため、そして、自らの恋を成就させるために、鹿ノ子は死んだ兄に成り代わるように振る舞い始める。
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source : 週刊文春 2023年5月25日号