今年の夏の始め、僕は若手の仲間たちと一緒に、新潟県胎内市の古刹、乙宝寺(おっぽうじ、乙寺〔きのとでら〕)を訪れた。

 むかし、この寺には僧侶の読むお経に耳を傾ける奇特な2匹のサルがいた。サルたちがあまりに熱心にお経を聴くので、僧侶は彼らのために写経をしてやることを約束する。だが、ある日パタリとサルたちの姿が見えなくなる。怪しんで僧侶が山に分け入ると、サルたちは2匹とも息絶えていた。まだ写経も終わらないのに……。気の毒に思った僧侶は、サルたちを丁重に葬ってやった。

 それから四十余年。この寺に、新しく国司となった夫婦が足を運んだ。2人は「私たち夫婦は、あのとき写経してもらったサルの生まれ変わりです」と衝撃の自己紹介を始める。「その功徳により人間に生まれ変わりました。ぜひあのとき書きかけたお経を完成させてください」。感激した僧侶は途中になっていた写経を書き上げ、大事に寺に納めたという。この話は、平安末期の『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』巻十四に記されている。

 奈良時代に開創され、伝統ある乙宝寺には、こんな不思議な話が他にもいろいろ伝えられている。なかでも、この寺に世にも珍しいお釈迦様の左眼の舎利(しゃり、遺骨)が秘蔵されていることは、古くから知られるところだ。今でも地元では、この寺は「御左眼様(オシャガンサマ)」の愛称で親しまれている。

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source : 週刊文春 2023年10月5日号