1933年5月、中国との間で結んだ塘沽(タンクー)停戦協定によって、満洲事変は一応の収束を見せました。

 岡田啓介内閣の広田弘毅外相と重光葵(まもる)外務次官が行った「協和外交」で、満洲国は独立国として発展させながら中国とは善隣互助の関係を維持する、という政策をとりました。

 これができたのは蔣介石が「安内攘外(あんないじょうがい)」策を取ったからです。蔣介石率いる国民党軍は共産党軍を追い詰めていました。つまり満洲国より、まずは国内の敵、中国共産党との戦いに専念しようと考えたのです。

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source : 週刊文春 2023年11月2日号