『ブギウギ』も終わった。これを半年見ながら思ったのは「テレビの力」。
私は20年ばかりOSK日本歌劇団のファンをしていて、この劇団は宝塚歌劇団の陰に隠れてマイナーな存在で客入りも「当日券でも最前列買えたりする」状態だったのが、『ブギウギ』のおかげで「笠置シヅ子の出身劇団」としてOSKの名前はあっという間に広まった。それまでは「OSK」なんて言ったってわかってもらえず、いちいち「大正11年創立の女性だけの歌劇団だけど宝塚とはちがう」とかクドクド説明しないといけなかった。そこまで説明しても「OSKって宝塚ですか?」とか言われる始末。どういう意味なんだ。
その状況を打開するために「テレビに出る」ということはOSKのファンは誰もが考えていた。『情熱大陸』で取り上げてもらえばなんとかなるのではとか夢見つつ、ニュース番組、地方FM、地方新聞とかにチラッと出るだけでも「これでなんとか」と思ったが何も変わらなかった。地上波テレビで15分ぐらい特集されても、そのオンエアが終わった瞬間に消えてしまう。そんな泡のような「マスコミ露出」をずっと繰り返し、そのたびに落胆も同じ回数味わった。
それが『ブギウギ』でいきなりこの変貌。なんかふつうに「今日のゲストはOSK日本歌劇団の翼和希さんです!」なんつって『水野真紀の魔法のレストラン』に出てくる。今まではそういうのに出ても「私たちの劇団は大正11年……」「大先輩に笠置シヅ子さんと京マチ子さん(つまりそれ以後にスターがいない)」とか説明させられたりしてたのに、今は「あの『ブギウギ』の」の7文字ですべてオッケーである。
何が違ったのか。半年もほぼ毎日放映してたからか。しかしUSK(OSK)が出てたのなんかけっこう短い期間だ。要は「『ブギウギ』で描かれたUSKと、そこのスターたち、とくに橘アオイ(翼和希)が魅力的だった」に尽きる。朝ドラに出りゃいいというなら、他の朝ドラ出演者で毎回何かブームのごときものが起こってるはずだ。
テレビというものはいくらマスが見ているといっても「出ればいい」ってもんではなく、きちんとつくられた「良い番組」じゃなければ人の心に残らない。
そんな当たり前の話がひっくり返って、今ではテレビに「出る」のが「売れる早道」みたいに思われている。OSKの翼和希は今テレビにやや引っぱりだこだが、とにかく爪痕を残そうと必死である。やりすぎなぐらい表情もリアクションも受け答えもがんばっちゃっている。不遇な時代の長かったOSKファンとして気持ちはわかるが、がんばりすぎてすり切れないでくれ。テレビは人を輝かすし同時に人をすり減らすから。
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source : 週刊文春 2024年4月18日号