文春オンライン

連載文春図書館 今週の必読

母が認知症になった脳科学者の考察 「母らしさ」はいつ、どのように失われるのか

春日武彦が『脳科学者の母が、認知症になる 』(恩蔵絢子 著)を読む

2018/12/17
note

残っている「母らしさ」とは何なのか?

 ハイライトは後者であろう。著者は語る、「つまり、認知能力の衰えによって、一部『母らしさ』が失われるのは、疑いなく事実である。しかし、認知能力が衰えても、残っている『母らしさ』があるならば、それは一体何なのか?」と。

 キーワードは「感情」である。理性に比べて感情は子どもじみた、いわば野放図な精神活動と見なされがちだろう。だが理性と感情とは二項対立されるべきものではない。感情もまた知性のひとつであり、むしろ直感とか交感といった人工知能を超える能力として評価されるべきものらしい。

 そしてアルツハイマー病では感情が残る、しっかりと。「感情は、生まれつきの個性であり、また、認知機能と同じように、その人の人生経験によって発達してきた能力であり、いまだに発達しつづけている能力である」。ならば、たとえ認知症になってもその人らしさが消滅する筈がない。

ADVERTISEMENT

 認知症となった人の心に生じる日常のちょっとした感動や喜び、そうした繊細な感情を汲めるだけの余裕を家族が取り戻したとき、かつての母は今の母と重なり合うのである。

おんぞうあやこ/1979年、神奈川県生まれ。脳科学者。専門は自意識と感情。2002年、上智大学理工学部物理学科卒業。07年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻課程を修了(学術博士)。共著書に『化粧する脳』、訳書に『顔の科学』がある。

かすがたけひこ/1951年、京都府生まれ。精神科医。著書に『援助者必携 はじめての精神科』『私家版 精神医学事典』など。

母が認知症になった脳科学者の考察 「母らしさ」はいつ、どのように失われるのか<br />

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー