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芥川賞候補となった『夏の裁断』を越えて、エンターテインメント小説に舵を切っていく「決意」――島本理生(1)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2015/10/24

genre : エンタメ, 読書

島本理生(しまもとりお)

島本理生

15歳のとき、「ヨル」が『鳩よ!』掌編小説、年間MVPを受賞。2001年に「シルエット」が群像新人文学賞優秀作となりデビュー。03年には「リトル・バイ・リトル」が芥川賞候補となり、高校生の候補として話題を呼ぶとともに、同作で野間文芸新人賞を史上最年少で受賞。15年には『Red』で島清恋愛文学賞を受賞。8月1日に単行本として刊行された最新刊の『夏の裁断』は、第153回芥川賞候補に。

――この夏芥川賞の候補にもなった『夏の裁断』(2015年刊/文藝春秋)は、久々の純文学作品ですね。強引な男性編集者に翻弄され疲弊しきった女性作家が、夏の間、亡くなった祖父の鎌倉の家で蔵書を裁断して電子書籍化する「自炊」をしながら、ゆっくりと再生していく。これを書くきっかけは何かあったのでしょうか。

夏の裁断

島本 理生(著)

文藝春秋
2015年8月1日 発売

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島本 最初は、どこに発表するということを決めずに一人で書きはじめたんです。書いているということは担当の方に伝えてあって、書きあがった段階で見せました。

――そうなんですか。そういえば以前、他の作品でも、掲載のあてもなく一人で書きはじめたという話をされていましたね。

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島本 そうですね。『あられもない祈り』(10年刊/のち河出文庫)、『よだかの片想い』(13年刊/のち集英社文庫)と今回の『夏の裁断』は、掲載場所が決まってないうちから、自分で書きたくて書いた3作になります。

あられもない祈り (河出文庫)

島本 理生(著)

河出書房新社
2013年7月5日 発売

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よだかの片想い (集英社文庫)

島本 理生(著)

集英社
2015年9月18日 発売

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『夏の裁断』は、ちょうど自炊の代行がニュースになっていた時期で、「え、本を切ってデータ化して捨ててしまうなんて」と心にひっかかったんです。それに、本が好きで大量に持っている人ほど、結構「自炊しているよ」と言っているので興味が湧いて、自分でも自炊というもので書いてみたいな、と。

――しかも自炊する主人公の職業が作家だという。

島本 本を切ることに抵抗がある仕事にしようと思いました。となるとやっぱり作り手側だろうということで、作家か編集者かデザイナーかと考え、いちばん書きやすい、自分がよく知っている小説家を主人公にしました。

 その頃、ちょうど知り合いが鎌倉に引っ越したので、一回遊びに行ったんです。鎌倉駅の近くの路地をちょっと入っていったら昔からの一軒家が建っていて、「鎌倉のこんな場所に一軒家があるなんて素敵」と思って(笑)、そういう家を舞台に書いてみたくなったんです。

――その家で本を裁断しながら彼女が回想するのが、柴田という編集者とのいびつな関係です。主人公を強引に引き寄せたり突き放したりする悪魔的な男ですが、私の周囲では「どの編集者がモデルなのか」と話題に(笑)。

島本 たまに噂で聞いたり実際に出会った極端な編集者のイメージを合わせました。読んだ方の反応は2パターンで、「こんなに具体的に書いてあるってことは、モデルがいるに違いない」という人と「こんな編集者いるわけがない」という人に分かれます(笑)。

 今、作家になって14年なんですけれど、作家と編集者って不思議な関係だなとふと思うことがあるんです。仲がいいからといってすごくいい作品ができるとも限らないけど、一方で編集者の方自身のキャラクターに刺激されたり、異様な情熱があったからこそ面白くなった小説もある。化学変化は確実に起こりますね。この小説のようにメチャクチャなことはさすがにないですけれど(笑)。それで、境界線が何もかも危うい作家と編集者の関係を書いてみたくなりました。

――主人公の千紘がなんでこんな男に振り回されるのかというと、過去にあった性的な出来事による心の傷をひきずっていて、そのことが大きく影響していますよね。彼女に対してはどういうイメージを持っていましたか。

島本 中学校時代から臨床系の心理学の本を好んで読んでいたんです。そのときに虐待や性暴力による影響を学び、トラウマはむしろ大人になって平穏が訪れてから人格や精神状態に作用してくる、という点に関心を持ちました。辛い体験をしても時間が経てば終わったことのように語られがちなんですが、大人になってもそれが人格に影響して、しかも本人にはその実感がない場合がある。その怖さや理不尽だったり、心の複雑さを小説で書けたら、と思いました。本を読んだ時、これは体験をしていない人には分かりづらいだろうとも感じたので、こういうこともあるんだということを小説で伝えられたら、という気持ちもありました。

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