――島本さんの作品を刊行順に見ていくと、かなり前後で作風が振り切れていたりするんです。可愛らしい『一千一秒の日々』の次は、2007年の間に3冊刊行されているんですが、『大きな熊が来る前に、おやすみ。』(のち新潮文庫)は表題作がDVの話、『あなたの呼吸が止まるまで』(のち新潮文庫)は12歳の少女が過酷な体験を乗り越えるという、重い話が2冊続いた後、その次の『クローバー』(のち角川文庫)は男女の双子の大学生が主人公のめちゃくちゃ可愛い話で。
島本 (笑)。『ナラタージュ』を書いた時、小説のなかで辛い目にあう柚子ちゃんの問題だけ回収できていないという思いがあったので、そこから暴力と性という問題に移行したんです。でも、暴力的なことに対する希望なんてないということに気付いてしまって、この時期は作品に引っ張られる形で自分の精神状態もつらい時期でした。でも『大きな熊~』に入っている「クロコダイルの午睡」は好きな短篇です。はじめてちょっとトリックっぽいものを使ってみたんです。
『クローバー』は楽しかったです。『一千一秒の日々』の延長線上で、読み切りのつもりでポップな短篇を書いたら、担当の方に「この話まだ続きますよね」と言われて、「え? あ、じゃあ続けます」ってことで。私は実際弟がいるので、あの設定は書きやすかったですね。強いお姉さんに虐げられる優しくて従順な弟は、すごくイメージしやすい(笑)。姉弟が一緒に暮らしている同居ものも楽しそうでいいな、という気持ちでした。
――その次がまた切ない話になります。『波打ち際の蛍』(08年刊/のち角川文庫)は、カウンセリングに通って知り合う男女の話。つまり、お互いに精神的につらいものを抱えている者同士で。
島本 『クローバー』の前の2作が本当に精神的につらくて、もう小説書けない、ゲラも読めない、という感じになっていて、そこからちょっとよくなったくらいの頃に書き始めました。だから登場人物が回復する過程と自分が回復する過程が、かなり重なっています。その頃、新しく出会った人がいろいろ助けてくれたりして、「人っていいな」って思ったんです。それもあって、この小説は自分の中で一番くらいに好きです。心の病気や不安を抱えている読者の方で、この本が好きだという声を聞くと、少しは役に立てたかな、と嬉しい気持ちになります。
――『君が降る日』(09年刊/のち幻冬舎文庫)も回復の話ですよね。表題作は、恋人を亡くした女性と、その死の原因を作ってしまった男性との関わりあいの話です。
島本 この短篇は、ストーリー性があって切ない小説を書きたい、というのがありまして。それまで人が死ぬ話を書くのが得意ではなくて、あえてやってみようかなと。その前くらいかな、中村航さんの『100回泣くこと』(小学館文庫)の文庫解説の中でも書いたんですけど、人が死ぬ話ってすごく書くのが難しいんですね。ベタになりすぎてもわざとらしいし、かといって、不自然にひねくれた話にするのもどうかと思いますし。中村さんの小説はそのバランスが素晴らしくて、何度読んでも泣いてしまう。すごく作家の力量が出るなと感じて、自分も挑戦してみたいと思ったんです。