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一番乗っている時に一番書きたいものを書けるかどうか

――『真綿荘の住人たち』(10年刊/のち文春文庫)は、大学進学で上京してきた素朴な男の子を中心に、真綿荘の人たちの人間模様が描かれます。可愛らしい話もあり、大人な話もあり。

真綿荘の住人たち (文春文庫)

島本 理生(著)

文藝春秋
2013年1月4日 発売

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島本 これも『一千一秒の日々』と『クローバー』の延長ですね。もともと少女漫画がすごく好きなんですが、そのなかでも下宿もの、一軒家の中で赤の他人たちが恋愛したり家族っぽくなったり、時にケンカして大騒ぎしてという話を楽しく読んでいたので、自分でも書いてみたかった。

――定期的にポップで可愛い話が書きたくなるんでしょうか。

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島本 そうなんでしょうか(笑)。これはじっくり書く時間があった時期なので書けたともいえます。間取りから住人の関係性から、かなり細かく作って構成したんです。子供も生まれた今、あれくらい時間をかけて取り組むのはちょっと……あと10年くらい経たないと難しいかも……。

 振り返って、あの時期だから書けた、という小説は確実にあります。一番乗っている時に一番書きたいものをいいタイミングで書けるかどうかって、結構大きいですね。「こういう話を書きたい!」と思っても、書き始めるタイミングがずれると「あれ、もうちょっと自分の気持ちが盛り上がるはずだったんだけどな」となるし、逆に「今しか書けなかったから、書いておいてよかった」と思うものもあります。

――だから掲載が決まっていなくても小説を書き始めることがあるんですね、きっと。痛切な恋愛小説『あられもない祈り』(10年刊/のち河出文庫)も突然書きはじめたということでしたが、きっと書かずにはいられない時期だったんですね。

あられもない祈り (河出文庫)

島本 理生(著)

河出書房新社
2013年7月5日 発売

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島本 『波打ち際の蛍』と同じくらいの時期に書きはじめたんです。『波打ち際の蛍』は男の人の繊細さがすごくいい方向にいく話ですが、逆に男の人の繊細さの陰の部分も書きたいなというのがあって。それと、不倫の話を書いていないなと気づいて、自分の思う不倫小説を書いてみようかなって。障害のある恋愛ものもすごく好きなので。

 小説の濃い時間の中に自分がどんどん潜っていく感覚があって、ああしてどんどん繋がっていくような装飾的な文章が頭の中から出てきたのでとりあえず一回全部書いてみよう、と。一回くらい、ああいう文体を書いてもよかろうと思って(笑)。

 書き終えた時のことはよく憶えています。最後の東海道線の駅のホームの場面のところまで、結構緊張しながら書いて、やっと終わったという感じでした。なんかもう、頭の中にあったものが全部文章になった、文体になった、という思いがありました。

――定期的に可愛い話を書きたくなるように、定期的に個人の濃い内面を書きたくなるんでしょうね、きっと。

島本 何作かに1回、すごく個人的な叫びのようなものを書きたいという衝動が出てきますね。今回の『夏の裁断』でもだいぶ叫んだので(笑)、そういうものは最後でいいかなっていう気になりました。