師弟関係の美しさに胸を打たれた映画『ミリオンダラー・ベイビー』
――『あられもない祈り』の次がまた全然違う作風の『アンダスタンド・メイビー』(10年刊/のち中公文庫)。筑波で母親と二人暮らしをし、カメラマンに憧れる黒江の成長を中学生時代から長い期間にわたって追った成長小説です。
島本 私がまだ二十歳の頃に中央公論新社の編集者が来てくださって、「うちは文芸誌がないので、書き下ろしを書いてください」とおっしゃってくださって。「じゃあ『ナラタージュ』を書き終えたら書きます」と言って、数年後に『ナラタージュ』が出たらさっそく「島本さん、終わりましたね」と言われ、「はい、分かりました」って(笑)。
筑波の中学生にしたのは、自分がちょうどその20代前半の頃、1年くらい茨城県の筑波学園都市にいたからです。結構東京にも通っていたので、住んでいた期間は半分くらいなんですが。はじめてバスに乗って駅に着いた時「なんだここは」と驚きました。広すぎる道路、強すぎる風、人がいない店。駅前に西武デパートが建っているけれど、誰もいないんです。とにかく空が広くて風が強くて、それが衝撃でした。自然の中や海辺や、逆に都会というのは風景として慣れているんですけれど、筑波学園都市は人工的な街の風景と自然がCGのように合体していて、すごく不思議な土地のように感じたんです。それで、ここを舞台に成長する女の子を書きたいと思いました。
疑似家族的な関係と、恋愛というよりは師弟関係に近いものも書きたかった。その頃映画の『ミリオンダラー・ベイビー』を観たんです。あれはボクシングをやっている女の人とトレーナーの男性の話ですが、師弟関係って美しいなって、すごく胸を打たれまして(笑)。肉体関係がなくて、お互いにすごく尊敬して大事にしあっている関係って、なんてすごいんだと思って号泣して、私も師弟関係が書きたい、って(笑)。師弟関係のある男女の仕事を考えた時に、ああ、カメラマンってアシスタントがいるから、それに近いなと思いました。カメラマンの取材をしていたら友達もできたりして、それで話がどんどん出来上がっていきました。
――この物語ではカメラマンを目指す前、主人公は青春時代にいろいろな体験をしますよね。時にはつらいこともある。
島本 『ナラタージュ』で高校生の時の光と影をイメージして書いたんですけれど、もう一回、自分の10代の頃の記憶をすべて凝縮したような、映し出したような長篇を書きたいと思ってとりかかったんです。
――こういう長篇を書く時って、プロットや年表を作るんですか。
島本 はい、作りました。主人公が何歳の時にカメラマンの仁さんがいくつで、何歳の時に宗教施設に入って……という年齢設定は細かく作りました。まあ作っても結局間違ったりしたんですけれど(笑)。書いている間はすごく楽しかったですね。なので終わった時、寂しくて。『ナラタージュ』を書き終えた時もこんなに寂しくなかった、と思いました。『Red』を書くくらいまではずっと寂しかった。
主人公が住んでいた家から旅立つわけですけれど、私も自分がすごく好きだった場所から出ていく感覚がありました。たぶん、主人公と仁さんの兄妹か家族というような関係がすごく好きだったので……。