19世紀末のヨーロッパで、男の生首を持つ若い女性・サロメを描いた絵が大流行しました。いかにも世紀末らしい艶めかしくもグロテスクなテーマです。今回取り上げるのは、その中でも特に有名なオーブリー・ビアズリー(1872-1898)の手によるもの。オスカー・ワイルド作の戯曲『サロメ』のために制作した挿絵のうちの一枚です。

オーブリー・ビアズリー「踊り手の褒美」すっきりした流れるような線描が特徴的で、簡潔な形と白黒のコントラストを生かしたモダンでデザイン性の高い仕上がりに
1893年(原画) 1907年(印刷) ライン・ブロック印刷 厚地和紙 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵

 ワイルドの『サロメ』は聖書を元に、彼がオリジナル要素を盛り込んだ物語です。舞台は古代イスラエル。地方領主ヘロデは異母兄の妻だった女性と再婚。そのことを非難した洗礼者ヨハネを投獄します。そんな中、ある宴の席でヘロデは、妻の連れ子である若く美しいサロメに卑猥な視線を送り、踊りを要求。褒美にはなんでも与えると約束します。サロメが求めたのは、獄に繋がれたヨハネの首でした。聖書では彼女の母親の差し金でしたが、ワイルドはこの部分を改変し、ヨハネに惹かれたサロメが、彼に口づけするために彼の首を求めるという展開に。サロメを屈折した欲望の持ち主として描いたのです。ヘロデは聖人を殺すことを恐れ、褒美は他のものにしてくれと頼むものの、サロメは絶対に譲りません。そしてついに首を手に入れた歓喜の瞬間を描いたのが本作なのです。

 実は、ワイルドがこの戯曲でイメージしていたのはモローの「出現」のような幻想的な雰囲気だったそうです。ところが、ビアズリーはそれにあえて露悪趣味とモダンが入り混じった作風をぶつけました。本作も、巨大なサロメを捕食者のように恐ろしく表し、皿から滴る血を強調するなど、ビアズリー独自の解釈を含んだ生々しい表現が見られます。他の挿絵でも、物語の舞台は古代でありながら当世風のファッションや文学を織り込んだり、物語には出てこないビアズリーが勝手に作ったシーンや露骨な性的表現、またワイルドの似顔絵まで盛り込んだりしています。挿絵は物語を立てるのが常識の当時にあって、ビアズリーはワイルドの作った物語を自分流に解釈するというクリエイティブな戦いを挑んだともいえます。そんな彼の独自性を評価する人もいましたが、強い批判を浴びることになりました。

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ギュスターブ・モロー「出現」 1876年 オルセー美術館蔵

 構図はひし型状で、左下の画家のエンブレムとバランスを取るため、右下にスリッパが置かれています。18世紀以来、風刺画などで性を暗示的に描く伝統があり、女性の靴は女性の性を象徴するものでした。さらに、生首の載った皿を支えるのはヨハネを殺した処刑人の腕。非常に長く誇張され、サロメの挿絵でビアズリーが繰り返し描くファルス(男性器)的なモチーフのひとつです。これらを性的なジョークとする解釈もありますが、真意は分かりません。

 また、ビアズリーのサロメには日本美術の影響があると言われますが、本作の衣装の形や描き方は古代ギリシャの壺絵にも寄せてあります。ここにも、古代イスラエルという設定を無視するビアズリーらしさが表れています。

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「異端の奇才――ビアズリー」
三菱一号館美術館にて5月11日まで
https://mimt.jp/ex/beardsley/