原田マハさんが新境地を切り開き、したたるような妖しいエロスの世界をくり広げる。
世紀末ヨーロッパで一世を風靡した作家オスカー・ワイルド、彼の戯曲『サロメ』に悪魔的挿画の数々を提供した夭折の画家オーブリー・ビアズリー、姉で女優のメイベル・ビアズリー。この三人の関係が、史実という大樹に絡みつく蔓草のようなフィクションに彩られる。
発端は現代のロンドン。ワイルド研究家がビアズリー研究家に、新発見の「サロメ」の絵を見せる。それは有名なクライマックスシーン、つまりサロメが預言者ヨハネの首に接吻する瞬間を描いた、紛れもないビアズリー真筆であったが、しかしその生首の顔はヨハネではなかった。
では一体誰なのか?
ぞくぞくするような謎を提示した後、物語は十九世紀末のロンドンへと遡る。メイベルの目を通して読者は、ヴィクトリア朝時代の息苦しい政治文化状況、ワイルドのエキセントリックな言動、ビアズリーの成功と挫折、そして結核による早すぎる死を、追体験してゆく。
だが何より息詰まる思いをさせられるのは、メイベル自身が――ワイルドとビアズリーという二人の天才に翻弄されているかに見えながら――本人も気づかぬうち、何やら化けものめいた存在へと変容するその過程である。
上質のミステリであり、心理劇でもある本作はまた、メイベルの口を借りたビアズリー讃歌でもある。曰く、「美しい絵を上手に描く、というのではまったくなかった。もっと痛いような、苦しいような、狂おしいような」。「なんという闇。なんという光。なんという力。――なんという圧倒的な世界」。「画室に満ち溢れる狂気と豊穣に、メイベルは静かに首を絞められる思いがした」。
大久保明子さんによる素晴らしい装丁も、書店で原田さんの艶めかしい世界へ強く誘なうに違いない。
はらだまは/1962年東京都生まれ。早稲田大学卒。2006年『カフーを待ちわびて』でデビュー。12年、『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞受賞。著書に『本日は、お日柄もよく』、『暗幕のゲルニカ』、『モダン』など多数。
なかのきょうこ/ドイツ文学者、西洋文化史家。『怖い絵』シリーズで知られる。近著に『名画と読むイエス・キリストの物語』など。