雪中の狩人 1565年、油彩、117×162cm、美術史美術館(ウィーン)
©ユニフォトプレス

雄大なパノラマ

 地上は満目の雪と氷。空の半ばは黒い毛細血管のごとき樹枝で飾られる。華やかな色彩は何ひとつ無い。

 にもかかわらず、純白の配分が効いた画面は目をみはるほどに美しい。構図も巧みで、前景の人物群を極端に大きく描き、左から右へ長い対角線を走らせることで高さと遠近を見る者に納得させ、はるか彼方を望む雄大なパノラマを作りだす。

 四百五十年前のネーデルラント(現オランダ)、冬景色。

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 今しも三人の狩人が十四頭もの犬を引き連れ、村へ帰る山道を下っている。積雪に足を取られ、強い向かい風(画面左で斜めに激しく燃え立つ焚火が雄弁に物語る)に抗いながらの歩みはのろい。彼らの丸めた背中、うなだれた頭、野太い沈黙は、疲労だけが原因ではない。獲物が乏しすぎたのだ。左端の男が背負う狐一匹が成果の全てときては。

 かくも厳しい自然に痛めつけられても、人々は逞しく生の営みを続けてゆく。

 焚火は宿屋兼食堂が、豚の毛焼きをするためだ。主人が肉の解体用テーブルを運び、子どもが豚の膀胱(風船などの玩具になった)をもらうため待ち構える。

 眼下でもさまざまなドラマが起こっている。遠くの橋のたもとでは、家の煙突から火が噴き出し、屋根に上って水をかける者、川向うから長い梯子をかついで駆けつける者など、大騒ぎだ。

 手前の池でスケートに興じるおおぜいの人々は、遠くの火事には気づかない。アイスホッケーやスケートダンス、鬼ごっこ、恋人を引っ張る若者、転んで起き上がれぬ者。現在のスケート大国オランダのルーツを見るようだ。画面右下では、枯れ枝の束を頭に載せて橋を渡る女性を尻目に、橇(そり)遊び中の女たちもいる。

 スケートがどんなに身体を温めるか、経験した者にしかわかるまい。疲れ、冷え切った狩人たちも、山を下りたらスケートをするのだろうか。

駄犬なので……

深い雪に脚まで埋まり、犬たちは飼い主の後をしょんぼりついてゆく。狩りは最悪だった。なにしろ貧しい小村なので、大物を仕留められる猟犬は少なく、毛のそそけた老いぼれ犬や傷だらけの痩せ犬まで、無理やり頭数合わせに集められたのだ。木の根元に立ち止まってこちらへ視線を向ける犬は、耳を垂らし、間の抜けた寄り目をしながら、鑑賞者たる我々にこう謝っているかのようだ――「駄犬じゃけん、許してつかあさい」

ピーテル・ブリューゲル Pieter Bruegel
1525頃〜1569
フランドルの画家。巧みな構図の中に群像を配し、独特の魅力を放って人気が高い。代表作『バベルの塔』。

中野京子 Kyoko Nakano
作家・独文学者。連載は日経新聞夕刊「プロムナード」(木曜)、北海道&東京新聞夕刊「橋をめぐる物語」など。