幼いキリストに優しく頬ずりする聖母マリアを描いた本作は、イコン画と呼ばれるものです。作者は山下りん(1857―1939)という日本初のイコン画家で、最初期の女性洋画家でもあります。彼女が制作したイコン画は全国の正教会に配布されました。

画中の文字はギリシャ語で、画面上部の大きい方は神の母、幼子の左上の小さい方はイエス・キリストを表しています。
山下りん「ウラジミルの聖母」 1901年 油彩・板 白凜居蔵
「ウラジミルの聖母」(12世紀)テンペラ・板 トレチャコフ美術館蔵

 キリスト教の話になると、多くの日本人にとってややこしく感じられるのが教派の違いではないでしょうか。カトリックがバチカンを中心にした一つの組織であるのに対し、正教会はギリシャ語圏で発展し、明確な中心組織を持ちません。しかしながら、15世紀以降は次第にロシア正教会が有力な存在になっていきました。イコンはギリシャ語で図像を意味し、正教会の伝統の中で発達した礼拝画です。独特の様式化したグラフィカルな表現を用い、西洋絵画にも多大な影響を及ぼしました。

 本作は12世紀のイコン画の傑作にしてロシアの至宝「ウラジミルの聖母」を模したもの。この12世紀のイコンは聖母が幼子に頬を寄せた図像の原形の一つと言われています。同じく聖母がイエスを抱き、彼を指し示すしぐさをするオディギトリア型に対し、親子の情愛を伝えることからエレウサ(ギリシャ語で慈愛の意)型と呼ばれます。

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 山下りんは工部美術学校(日本初の官立美術学校)で学んでいるときに同級生の影響で正教会に改宗。23歳のときに当時正教会の最大勢力だった帝政ロシアに渡り、女子修道院でイコン画の技法を学びました。現代人は絵画とはオリジナリティを発揮するものと考えがちですが、イコン画は神と人を媒介する存在であり、画家の表現の場ではなく、お手本となるイコンを踏襲することが重んじられました。「ウラジミルの聖母」のように様式化した描き方をするのも、人ならざる存在を表すためなのです。

 ところが、山下りんの聖母子は元の絵といくつかの点で違っていて、そこに彼女の独自性、そしておそらくは日本人の好みにあったスタイルに寄せた表現が見られるのが興味深いところなのです。

 まず、伝統的なイコン画がテンペラ画で描かれるのに対し、山下は油絵で聖母を自然な立体感で描いていて、ルネサンスのイタリア絵画に似ています。その理由は、当時のロシアのイコン画が西洋絵画の影響を強く受けていたこと、そして山下がロシア滞在時に美術館でイタリア絵画をよく見ていたことを反映していると思われます。また、元の作品の背景が金箔であるのに対し、背景を油絵具でやさしくぼかしています。聖母の視線は幼子寄りへと向きを変え、イエスの白い衣服に重ねられた少し厚塗りの白い絵具の筆触が幼子の柔らかさを感じさせ、聖母子を生き生きとした存在に見せています。

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「美と祈り 近現代日本美術にみるキリスト教」
岡山県立美術館にて3月1日まで
https://okayama-kenbi.info/topi-bitoinori/

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