本作はルノワールの作品の中でも特に有名で人気があります。フランス政府がルノワールに制作を依頼したもので、存命の画家の作品を収蔵・展示するリュクサンブール美術館に収めるためでした。大変な栄誉だったので、ルノワールは「ピアノの前の少女たち」というテーマを選び、同じ構図で細部をさまざまに検討しながら6枚ものバージョン(油彩5点、パステル1点)を描きました。そのうち、リュクサンブール美術館に所蔵されたのが本作です。

 19世紀後半の画家たちは、近代化した社会の様子や、市民階級の日々の生活を題材としてよく取り上げました。中産階級にはピアノを所有する家庭も多く、この時代の多くの画家がピアノを弾く人を描いています。ルノワールも妻のためにピアノを購入しているので、本作は自宅で描いたと思われます。

 色使いは暖色が中心で、ピアノを弾く少女の金髪には青いリボン、赤いドレスの少女の背景に緑のカーテンを配し、対比で色をひきたてています。

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 筆遣いは後期のルノワールの作品らしく、柔らかく長い筆致を互いに溶け合うように載せています。同画家による1874~76年制作の「読書する少女」と比較すると、輪郭がはっきりしていて、ひとつひとつの筆触が羽のように伸びているのが分かります。

ルノワールの円熟期の傑作。一時期は硬い輪郭線も試みたルノワールでしたが、本作では溶けるような筆触と柔らかな輪郭がみごとに融合しています
ピエール=オーギュスト・ルノワール「ピアノを弾く少女たち」 1892年 油彩・カンヴァス オルセー美術館蔵

 構図は何枚も検討しただけあって、非常に均整がとれた仕上がりです。バージョン違いのメトロポリタン美術館所蔵のものと比べると、本作では2人の顔がより近づいているので親密さが増していて、しかも彼女たちから目が離せない工夫を凝らしています。

 まず主役の少女たちの顔に目がいきますが、次に彼女たちが熱心に見つめる楽譜へと視線が向かいますね。さらに、少女たちの手や腕が楽譜に接していて、カーテンのドレープもそちらに目を誘うかのように曲線を描き、鑑賞者のまなざしを画面中央に強く引き付ける効果があります。加えて、右上から左下への対角線上に2人の肘がカギカッコのように、そして右上の花瓶と左下の椅子の背もたれが絵を丸カッコのように挟むことで、まなざしを二重に中央へと囲い込む構成になっています。

 さらに、室内画ではおなじみの、ルプソワールという奥行を強調する小物を右下に配置し、カーテンの向こうにソファを置き、壁に絵を飾った部屋をちらっと見せることで、奥行を演出しています。

 ルノワールは人々の楽しげな暮らしぶりを、明るく柔らかい色彩と筆触で描き出すのが得意でした。しかし、ルノワールのすばらしさはそのような官能性だけでなく、知的に構築した構図にもあります。安定した構図だからこそ、彼の絵は人の心を落ち着かせる幸福感に満ちているのです。

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「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」
国立西洋美術館にて2026年2月15日まで
https://www.orsay2025.jp/

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