三重県志摩市の離島・渡鹿野島。かつて“売春島”と呼ばれたこの場所で何が起きていたのか。元関係者の証言を手がかりに、その実態と歴史を追う。

 ノンフィクションライター高木瑞穂氏の新刊『ルポ 風俗の誕生』(清談社Publico)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

渡鹿野島のメインストリート。旅館や置屋が建ち並んでいたが今は閉店した店も多い(写真:著者提供)

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知られざる三重県「売春島」の歴史

 知り得た情報の裏取りをするため、再び売春島へ。見ず知らずの私に話をしてくれたのは、島生まれ島育ちで渡鹿野区の行政も担う三橋恭平さん(仮名/当時60代)だ。

「島の歴史ですか……。渡鹿野はなんで知りました?」

「はじめて知ったのは雑誌やインターネットです」

「ああ、要するに“夜の街”みたいなものか」

「そうです。言いにくいですが“売春島”として……」

「うん、売春島ってことだよねぇ。それはもう本当に有名になって、全国に広まって。やはり、その、三重県内でも三重県の“よからぬ場所”みたいなひどい言われ方をしたこともあるんだけど。まあ、そんなこと(売春)を『野放しにしているのか!』みたいな突き上げも警察に対してあったらしいし。そういう時代を経てるんだけど、もういまは廃れましたね。まあ一部ね、ちょっと残っているところもあるんだけどね」

 その意外な反応に驚きを隠せなかった。かつて売春産業が盛んだったこと、のみならずいまもそれが続いていることをあっさり認めたのである。

 驚きの裏には、事前調査で得た〈渡鹿野島 買売春の実態を隠蔽 行政と人権団体が出版妨害〉と銘打たれた、「週刊金曜日」の記事(2009年)があった。

 2004年夏、渡鹿野島での買売春の実態を批判する書籍が出版されることを事前に知った地元磯部町(現・志摩市)当局が、「島での買売春は過去の話だ」として版元の解放出版社に猛抗議し、同書『近現代の買売春』が出版中止に追い込まれた顛末を記した記事だった。

 回収騒ぎどころか、そもそも「出版されていない書物です」(解放出版社担当者、取材当時)とのことで、中身を知ることはできなかった。だが、同書の著者で日本近代史研究者の藤野豊氏はその本のなかで、日本の公娼制度、黙認私娼制度、さらには現代の黙認買売春政策を支える根拠が、性病に対する国家管理政策と地域振興政策だったことを明らかにしているという。その事例として渡鹿野島の実情を紹介したそうだ。

 この騒動を取材したフリーライターの寺園敦史氏は、行政担当者は〈買売春が行なわれているかどうかはわからない。島に行ったこともない〉とした上で、こう答えたと記事で伝えている。