ルノワールといえば、印象派を代表する画家の1人。この絵は、彼の友人でありパトロンでもあったルロルの娘たちを描いたものです。実は印象派と一口に言っても、画家によってかなり画風が異なり、ルノワールは穏やかで調和したスタイルを確立したといわれます。そこで、本作に表れたルノワールらしさがどういうものか、同じく印象派展に参加していたモネやセザンヌと比較しながらひも解いていこうと思います。

 ルノワールは静物も風景も扱いましたが、特に人物画をよく描きました。印象派は色のあざやかさを保ち、光の輝きを表すため、色同士を短い筆致で画面上に並置する色彩分割という技法を用いたことで有名です。ルノワールも初期はそのように描いていたのですが、次第に色彩分割から離れていきました。たとえば、モネの風景画にはぴったりの手法だったのですが、ルノワールの目指す人物画にはあまり合わなかったからだと思われます。

画中画は競馬の騒音やバレエの踊り、音楽などを思い起こさせ、ピアノの演奏音を示唆しています
オーギュスト・ルノワール「ピアノの前のイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル」 1897年頃 油彩・カンヴァス オランジュリー美術館蔵
 

 本作のタッチは羽のように細長く、タッチ同士がなめらかに溶け合っているので、肌の立体感や柔らかさが滑らかに描写され、そこには温かみも感じられます。

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 また、モネの場合は事物の輪郭が曖昧で、画面に立体感や奥行を構築するより、瞬間の印象を捉えようとする傾向が強くありました。それに対し、ルノワールは輪郭を柔らかくぼかしつつも、背景に溶け込むことなく浮き上がらせ、陰影表現で量塊感を持たせています。それも人物画の魅力を引き立たせる上で必要なことだったのでしょう。

 もう一つ、ルノワールの特徴として調和が挙げられます。それは、すでに触れた筆触と陰影の効果でもありますが、水平・垂直を意識した構成であることも大きく関わっています。人は水平・垂直のものを見ると安定を感じ、斜めになったものを見ると「立ち上がりそう」「倒れそう」という直感が働きます。手前の白いドレスの女性がイヴォンヌで、彼女はほぼ垂直の姿勢を取っているのに対し、赤いドレスのクリスティーヌは両手を水平方向に広げていて、画面の長方形と調和する姿勢をとっています。さらに、背景に描かれた2枚の画中画、手前のピアノの水平・垂直の線がこの構図を強め、安定感を高めています。

 ルノワールの安定感は、セザンヌのあえて安定を崩した構図と比較するとはっきりしてきます。セザンヌは、静物でも人物でも、少しだけ角度を傾けることで、意図的に水平・垂直の線を避けています。そのため、セザンヌの絵を見るとき、均衡が崩れるような感覚、緊張感を覚えるのです。

 本作は日常生活の様子という主題、画中画といった点に、オランダ絵画の影響も指摘されています。他にも、ピアノの手前にピンク色の布が配置されているのは、フェルメールの室内画にもよく描かれる、ルプソワールという、前景に配したモチーフで奥行を強めるテクニック。女性2人のバラ色の頬ともよく響きあっています。
 

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「ルノワール×セザンヌ―モダンを拓いた2人の巨匠」 
三菱一号館美術館にて9月7日まで
https://mimt.jp/ex/renoir-cezanne/

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