ルイジ・ギッリ(1943-1992)は20世紀のイタリアを代表する写真家の1人。写真は現実の世界を切り取るものですが、ギッリの切り取り方は特に、見る人の思い込みを優しく揺さぶるような効果があります。
たとえば、立体的なものを平面的に見せたり、写真なのか絵なのか判別がつかない混乱をあえて起こしたり。何気ないものを撮っていても、それを初めて見るような、あるいはまったく新しい視点で見たような新鮮な感覚を生み出す力があります。
本作は、20世紀前半のイタリアで最も重要な画家、ジョルジョ・モランディのアトリエを写したシリーズのうちの1枚。モランディはこの写真に写っているような質素な容器を組み合わせ、非常にシンプルな構図に淡い色調の静物画を繰り返し描き続けた画家でした。そんなモランディの死後、そのまま残されていた自宅・アトリエをギッリが撮影したのです。モランディとギッリには簡潔な構図と瞑想的ともいえる静謐な印象という共通点があり、適任だったといえるでしょう。
モランディの作品を見たことがない方は、ぜひ「モランディ、静物」で検索して比較してみてください。本作はまるでモランディの構図を写真で再現したかのようだ、ということが分かるはず。しかし、ギッリの写真はモランディとはいくつかの点で違っています。まず、モランディの背景はそぎ落とした表現をとりますが、この写真では左端に貝殻が見切れ、背景にはモランディが試し塗りをした跡と思われる筆触があり、情報量が多くなっています。また、ほとんど影のないモランディの作品と比べるとかなり明暗のコントラストが効いていて、オブジェたちが落とす影は濃く長く、輪郭も強められています。
ギッリはそこに写っていないものを強く想起させることで、写真に写っているイメージの力を強める手法をよくとります。まず、この写真は既に述べたようにモランディの作品そのものを強く意識させ、相互参照を促しています。さらに、写真からはモランディがモチーフの容器に好みの色を塗っていたことが分かり、どんな風に試行錯誤していたのか、絵に描く際にどれくらい情報をそぎ落としていたのか、といった制作の様子が窺えます。そういった点から、モランディを模した静物写真とも受け取れますが、アトリエという場を撮った風景写真とみなすこともできるでしょう。
ギッリは作品の中に自分の存在を打ち出す方ではありません。むしろ、鑑賞者が特定のイメージに対して持っている固定観念を、自分の作品を通じて静かに揺り動かすことで世界を新たに見ることを促す、とても奥ゆかしい仲介者といえるでしょう。
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「ルイジ・ギッリ 終わらない風景」
東京都写真美術館にて9月28日まで
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-5073.html



