エゴン・シーレ(1890-1918)というと人物画を思い浮かべる人も多いでしょうが、風景画も絵本の世界のようでとても魅力的です。本作はクルマウ(現在のチェコ共和国、チェスキー・クルムロフ)というモルダウ河畔に発達した街を描いています。中世の景観を残し、とても絵になる街で、世界遺産にも登録されています。

 シーレは1911年にウィーンの喧騒を逃れ、母親の出身地であるクルマウに移住しますが、保守的な街でもあることから、ヌードモデルが頻繁に出入りするような生活態度が近隣の反感を買い、その年のうちに去ることになるのでした。それでも画家にとって思い入れが強い場所だったようで、幾度となく訪れ、何度も絵にしています。

第一次世界大戦(1914年7月~18年11月)はシーレの死の直後に終結。シーレが描いた暗い都市景観は戦時中を反映し、その後次第に明るくなっていく画面は、戦争の終わりを暗示していたのかもしれません。
エゴン・シーレ「モルダウ河畔のクルマウ(小さな街Ⅳ)」 1914年 油彩、黒チョーク、カンヴァス レオポルド美術館蔵

 この絵の造形的な特徴は大きく分けて二つあります。

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 一つ目は視点の取り方で、対岸の高台から見下ろした景色だと思われます。シーレ作品には俯瞰の構図が多く、人物画でもよく高い位置から見下ろして描いています。対象と同じ目線で捉えた場合と比べ、俯瞰で捉えることで対象との心理的な距離感が演出できます。シーレがこの街から受けた扱いを思い起こすと、その疎外感がこの視点によって表されているようです。

 二つ目は水平を意識した配置で、この時期のシーレの風景画の特徴でもあります。これは実際の景色そのままを描いたのではなく、画家の内面を反映するような、求める構図を優先して再構築したものです。画面下部の黒い帯状の部分が川で、実景には橋があるはずなのですが、絵では省略されています。そのため、黒い川が画家と街との間、あるいは絵を見ている人と街との間を隔てる深淵のように、分断する効果が強まっています。

 彩色も想像に基づいたもので、鮮やかな赤・青を小さい面積で点在させ、リズミカルな調子を作っています。また、黄色は比較的大きい面積で用いられ、画面下部の両サイドの家の壁と上端に近い横長の部分の三か所に配することで三角形状にバランスをとっています。

 シーレ作品には常に生と死というテーマが通奏低音のように響いていますが、風景画にも同じ傾向があるようです。

 本作は都市を描いていますが、人間が一人もいません。わずかに通りに面して開かれた窓が、人の気配を感じさせるのみ。水平の構図も、死んでいるような静けさを連想させるものです。しかし、1910年頃からの同じくクルマウを描いた「死せる街」シリーズの川に囲まれた構図や暗い色使いに比べると、死のイメージは少し和らいでいるようです。色も鮮やかになり、線の揺らぎや細胞のような家並みが作る水平と垂直の調子に、微かに動き出しそうな様子が見てとれます。

 1915年あたりから都市を描いたシーレの絵は躍動感のある曲線の構図へと変化していき、晩年の1918年の作には人々も描かれています。死に向かうように見えたシーレの風景画ですが、本当は生へと志向していたのではないでしょうか。

INFORMATION

「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展」
東京都美術館にて4月9日まで
https://www.egonschiele2023.jp/