ペガサスはギリシャ神話に出てくる想像上の生き物。芸術の女神ミューズとの関わりから、芸術家のインスピレーションの象徴と見なされてきました。そんなペガサスを崇高に、そして少し物悲しさを帯びた姿に表したのが今回の作品です。

 作者オディロン・ルドン(1840-1916)は、モネやルノワールら印象派と同時代に活躍した画家です。印象派が目に見えるものを描いたのに対し、ルドンは目には見えない心の中のビジョンを描きました。しかも、内容を説明的に示すのではなく、暗示的かつ象徴的に表現しました。

ペガサスが羽ばたこうと微かに身震いする動きを、ルドンは輪郭線をためらうように何度も引くことで描出しています
オディロン・ルドン「ペガサス、岩上の馬」1907-10年頃 パステル・カルトン ひろしま美術館蔵

 もっとも、ルドンというと本作のようにカラフルな作品よりも、白黒の少し不気味な作風というイメージの方が強いかもしれません。ルドンが白黒で描いた目玉の形をした気球や笑う蜘蛛のモチーフは、日本の妖怪漫画の巨匠・水木しげるが自作に取り入れたことでも知られています。

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 ところが、実はそのような黒い作風は壮年期の特徴で、50代以降のルドンの作品は、彩り豊かで穏やかなものに変化していったのです。本作は晩年に描かれたもので、背景の群青とエメラルドグリーンの鮮やかさは、誌面でお見せできないのが残念なほど際立っています。

 では、このドリーミーで詩的な印象はどのように作り出され、何が表されているのか考えてみましょう。

 まず、構図を見てみます。左上に配置された主役の白いペガサスは、他の部分の明度が低いため引き立って見えます。そして、背景の右下へと広がるエメラルドグリーンの色斑(いろむら/誌面では白っぽい靄状の部分)と拮抗してバランスを取っています。この部分を手で隠してみると、グリーンが画面内で果たしている効果がよく分かると思います。この巧みな配色により、主役が埋没せず、かつ背景の幻想的な色彩の効果が最大限に生かされるのです。また、ペガサスを少し離れたところから見上げるアオリ構図であることにより、超越的な存在感が醸し出されています。

 もう1つ、この絵の印象の決め手になっているのが、パステルという描画材料です。粉末にした顔料をほんの少しの糊で固めたもので、紙に微粉末をすりつけるように描くため、粉っぽい質感作りとぼかし表現が得意。この特性を生かし、ルドンはタッチを残したり、下地を透かせたり、滑らかに色調を移行させたり、岩山部分は色モザイク状に密度を変えて塗り分けたりと豊かな画面を生み出しています。また、パステルは発色のよさも魅力で、色彩を主眼にした構成にも向いています。この儚げで夢幻的な雰囲気は、パステルだからこそ成せたものです。

 ペガサスはルドンが何度も描いたモチーフの1つでした。白黒時代の版画「とらわれのペガサス」(1889)ではペガサスは文字通りとらわれの身でしたが、本作では完全に自由の身として描かれています。それは、画家の孤高の精神と創造力の解放とを示しているのではないでしょうか。

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「オディロン・ルドン―光の夢、影の輝き」
ひろしま美術館にて3月23日まで
https://www.hiroshima-museum.jp/special/detail/202501_redon.html