戸口に座ってじっと外を見つめているこの女性は、クリスティーナ・オルソン(1893―1968)といい、アメリカ絵画史上もっとも有名なモデルと言っていいかもしれません。彼女は難病のために歩行に困難を抱えつつも人に頼らず自立を貫き、アメリカ・メイン州の海辺の寂しい集落で弟とともに暮らしていました。画家のアンドリュー・ワイエス(1917―2009)はメイン州のサマーハウスに毎年訪れていて、後にワイエスの妻となるベッツィーがクリスティーナと親しかったことから、彼女と仲良くなっていったのでした。

 ワイエスはクリスティーナの生きざまに感銘を受け、深い敬意を抱きました。だからこそ、彼女を傷ついた人として弱々しく描くのではなく、本作のように尊厳をもった凜とした姿に描いたのです。では、この絵のクリスティーナが毅然として見える理由に迫ってみましょう。

 この絵が描かれた1940年代というと、抽象表現主義と呼ばれる、絵の具が荒々しくほとばしる抽象画が席巻しつつある頃でした。しかし、ワイエスは生涯にわたってこのような徹底したリアリズムを貫きました。この独立独歩の画風そのものが、クリスティーナの自主自立の精神を表すかのようです。

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アンドリュー・ワイエス「クリスティーナ・オルソン」(「アンドリュー・ワイエス展」図録より引用)
1947年 テンペラ・パネル マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス

 そして、このリアリズム表現を支えるのがテンペラという、卵黄・顔料・水を用いた中世ヨーロッパで主流だった絵画技法です。テンペラで本作のように仕上げるには、大振りで大胆な表現が可能な油絵と違い、根気よく幾重にも線を重ねる必要があります。ワイエスの丹念な一筆一筆が、クリスティーナの日々の一つ一つの動作に寄り添うかのようでもあり、見る人はその手作業の積み重ねから厳かさを感じとれるのでしょう。

 さらに、ワイエスは人工的な色を用いず、自然由来の顔料を用いました。アースカラーを中心にほぼモノトーンであることも、質実な印象に大きく影響しているでしょう。また、構図も室外と室内を強い明暗の対比で分け、その境目にクリスティーナを配し、彼女の髪を優しく風になびかせることで、彼女が内側に深さをたたえながら、外にも開かれた風通しのよい人物であることが窺えます。

 ワイエスが翌年に同じく彼女をモデルに描いた「クリスティーナの世界」は、アメリカ絵画史上最も有名な絵の一枚として知られています。クリスティーナが一生を過ごしたメイン州が、イギリスからの最初期の移民が進出した地であること、彼女の自主自立の精神、そういったものの象徴的な存在へと高められたことも有名になった要因の一つでしょう。

 2009年に亡くなったワイエスは、本人の希望によりクリスティーナが眠るオルソン家の墓所に葬られました。

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「アンドリュー・ワイエス展」
東京都美術館にて7月5日まで
https://wyeth2026.jp/

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