現代イギリスを代表する画家デイヴィッド・ホックニー(1937-)の、間違いなく最も有名な作品です。画家の友人であるクラーク夫妻の結婚祝いとして描かれました。ファッション・デザイナーの夫オジーとテキスタイル・デザイナーの妻シーリアは、協働でローリング・ストーンズやビートルズらの衣装を手掛け、60~70年代にロックのファッション・イメージを創った存在です。

 

 本作の見所は、リアルな表現で何気ない場面に見えつつ、幾何学的な秩序があるところ。もう一つは、全体にちりばめられた読み解き甲斐のある象徴的表現です。

 構図はカップル肖像画の伝統を反転させ、夫を右側に姿勢を崩して座った姿に、妻を左側にすっくと立った姿で描いています。どちらも絵を描いている画家/鑑賞者の方を見つめていて、さらに左下の鋭角的に置かれた机が絵の中と鑑賞者側を橋渡しする役割を担い、見る人を絵の中に自然と引き込みます。

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 この絵には相似形がいくつもあり、それは繰り返し現れる垂直と水平の線、バルコニーの柱と花瓶、窓の鎧板の線とオジーのセーターの模様、百合の茎と窓外のしなった木など。このように整理された形状が簡潔な輪郭とあいまって、一見バラバラに見える画面に秩序を与えています。

 ホックニーは、この絵で最も描きたかったのは、2人の関係性だったと述べています。そして、夫妻のその後を知って見ると、この絵の要素が全て予兆のように見えてくるのです。

 シーリアは当時妊娠していて、左側にある百合は聖母マリアのシンボルでもあり、受胎告知を想起させます。一方、猫といえば奔放さの象徴で、オジーの膝の上で顔を背けて窓の外を見ています。この猫の本当の名前はブランチ(白の意)なのですが、画家は、夫妻が飼っている別の猫の名であるパーシーの方をタイトルに選びました。オジーは70年代のロックスターのようなライフスタイルを送っていて、複数の男性・女性と関係を持ち続けていました。パーシーという単語は男性器も意味するだけに、意図的な選択だったと思われます。

 2人の結婚生活は74年に破綻し、その後のオジーは転落。そして1996年、元彼に何10箇所も刺されて死ぬという悲劇的な最期を遂げました。一方のシーリアは、オジーとの間の2人の子供を育て、2006年には、イギリスのファッションブランド・トップショップとのコラボで大成功。その後もホックニーとの交友を温めているそうです。

 そこで気になるのが、左の壁に掛かった画中画です。これもホックニーの作品で「放蕩一代記」(1961-63年)という版画連作の一枚「良い人たちとの出会い」です。18世紀の画家ホガースの「放蕩一代記」を翻案したもので、どちらも男性が身を持ち崩していく様を描いています。こうなると、毛足の長い絨毯に埋まったオジーの足、片方だけ開いた窓まで意味ありげに見えてきます。これらの予兆を、ホックニーはどこまで自覚的に描いたのでしょうか。

INFORMATION

「デイヴィッド・ホックニー展」
東京都現代美術館にて11月5日まで
https://www.mot-art-museum.jp/hockney/