ブリジット・ライリー(1931~)は、1960年代から活躍しているイギリスで最も重要な抽象画家。オプティカル・アートという錯視を活用した表現で知られますが、同時代に流行していたポップ・アートに合わせ、略してオプ・アートと呼ばれることが多いでしょう。

 本作はミニマムな形の反復とサイケデリックな色彩により、明滅しながら凹凸が上下左右に動いているように見える効果があります。どうしてそんな風に感じられるのでしょう? 構図は、画面を20本の垂直な帯状に均等に分け、各帯を平行に斜めに、しかも幅の長さをさまざまに分割しています。そのため、右上から左下にかけての斜線が途切れ途切れに浮かび上がってきて、厳格な垂直性を攪乱しています。これだけでもチカチカして見えるでしょう。

ブリジット・ライリー「ナタラージャ」(画像は図録『テート美術館展 光 ターナー、印象派から現代へ』より転載)
1993年 油彩・カンヴァス テート美術館蔵

 各パーツは右肩上がりの平行四辺形で、白黒写真では分かりにくいですが、塗り分けられた色の数は20色。何色見分けられるかカラーでチャレンジしてみてください。緑だけでも4種類くらいありますよ。

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 配色は色の鮮やかさと明暗を考え、時に同系色、時に対比的な取り合わせで、どこか一か所が目立つことのないようバランスよく配置されています。これにより、ところどころ前にせり出すように、また後退しているように感じられ、上下斜めの揺れに加え、立体的な動きが見えてくるのです。

 このように、シンプルな模様の反復で動きやリズム、凹凸の感覚を生み出すのがライリーの作品の特徴です。錯視の原理を利用しているため、静止しているはずの絵が動いているように感じられます。簡潔でありながら、その効果を誰が見てもすぐ体感できるのも魅力です。

 デビュー当初は白黒の幾何学図形のみで描いていましたが、60年代終盤からカラーを用いるようになり、86年からは斜めのモチーフが取り入れられます。本作はその流れを踏襲した、カラーと斜めの構成から成ります。

 タイトルの「ナタラージャ」は「踊りの王」という意味で、ヒンドゥー教の最高神の一人、シヴァ神の異名です。タイトルの付け方については、ライリーは絵を描き始めてからその絵のスピリットに応じ、記憶の中でぴったりくるものを手繰り寄せて名付けるそう。シヴァの踊りは宇宙の動きと繋がっているとされ、この絵にそのようなスケールの大きい躍動感を感じたのでしょう。

 オプ・アートにはライリーの前に2人の先駆者がいます。1930年代後半に始まる最初のオプ・アート作品『ゼブラ』シリーズを手掛けたヴィクトル・ヴァザルリ。そして50年代に『正方形讃歌』シリーズで同系色の四角形を重ね、前進と後退の感覚を表現したヨーゼフ・アルバースです。ライリーはより抽象的で多様な視覚効果を取り入れて独自性を打ち出しました。

 そして今年の5月、92歳になったライリーは初の天井画「Verve(活力)」を発表。創作の幅を広げ続けています。

INFORMATION

「テート美術館展 光 ―ターナー、印象派から現代へ」
国立新美術館にて10月2日まで
https://tate2023.exhn.jp/