アンリ・マティス(1869~1954)は20世紀前半を代表する画家として、ピカソと対のように並び称されてきました。同時代・後世の画家にも大きな影響を与えています。面白いところではミッフィーでお馴染みのディック・ブルーナが、南仏ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂(マティスが総合的にデザイン)のステンドグラスから学んだと明言しています。
マティスの画風は、フリーハンドでさらっと描いたような簡略な形状を、これもまた無造作なタッチで明るく鮮やかな色で塗り分けたものがよく知られていると思います。
しかし、本作はそのマティスのイメージとは少し違っていて、幾何学的でほぼ真っ黒。
この絵が描かれたのは、第一次世界大戦が始まった直後。マティス夫妻は1914年の9月10日から数週間、フランスの南端に位置するコリウールという街で過ごし、そのときに滞在していた家のバルコニーを描いたものとされます。
実はマティスは同じ窓を1905年にも描いていて(「開いた窓、コリウール」ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵)、こちらには窓外の景色も明るく描出しています。
もともとは、本作の黒い部分にも窓の外の景色が描かれていたようですが、後に黒く塗り込められました。大戦中のマティス作品には黒が支配的なものが多く見られます。
この黒でマティスが何を表現したかったのかは、はっきりとは分かっていません。また、サインがなく、画家が最後まで手元に置いていたことから、未完成作品だと推測されています。
このような背景もあり、研究者・芸術家・ファンの関心を集めてきました。しかし、本作はシンプルながらも適度な緩急があり、西洋絵画の伝統に反し、奥行の表現を曖昧にするマティスらしい面白さがあるからこそ、人々を引き付けるのだと思います。
そもそも、「コリウールのフランス窓」という題を知らなかったら、抽象画だと思ってしまったかもしれません。画面は不規則な縦長の帯状に分割され、左から細い黒、薄い青、真ん中にどーんと大きく黒、グレー、エメラルドグリーンと塗り分けられ、まるで抽象的な色面構成で知られる現代アートのカラー・フィールド・ペインティングのようにも見えます。
フランス窓とは、床まで達する観音開きの掃き出し窓のことで、そこからテラスやバルコニーに出入りできます。窓はマティスが繰り返し描いたお気に入りの画題の一つ。中でも本作は最も情報をそぎ落とし、抽象表現ぎりぎりを攻めています。
左側のブルーの面には等間隔に横線が見られ、窓ガラスを表しているようです。そして右側のグレーの面の下部が斜めになっているのは、窓扉が開いていることを示唆しているのでしょうか。画面右下にこの少しの斜線があることで、画面内に見る人を誘う効果があり、単調にならない左右の変化をもたらしています。
INFORMATION
「マティス展」
東京都美術館にて8月20日まで
https://matisse2023.exhibit.jp/