シンプルな幾何学的図形だけの構成で、いくつもの錯視効果をもたらす面白い作品です。描いたのはジョセフ・アルバース(1888―1976)というオプ・アートの先駆者。オプ・アートとは、さまざまな錯視を生かした抽象画のことです。本作は「正方形讃歌」と名付けられたシリーズの一枚。注目ポイントは、色の効果で立体感を表現しているところです。
ぜひカラーで確認してほしいのですが、一番外側の最も大きい正方形は濃緑色、二番目は紫がかったような茶色、三番目が少し明るい茶色、一番内側が明度の高い鮮やかな黄色に塗られ、内側に行くに従い明度が高くなる構成です。
ではどんな錯視が起こるのか順に確認してみましょう。まず、まるで4つの大きさの違う正方形が重なったように見えますが、それ自体が錯覚です。実際には、一番内側の正方形の周りを巡るように違う色が塗られているだけだからです。そう考えると、一番内側の正方形以外は額縁状の枠にも見えてくるでしょう。また、一番内側の正方形は前にせり出して見えますが、次の瞬間にはトンネルの向こうの光を覗くみたいに奥に退くようにも感じられるでしょう。このような反転作用も本作の特徴で、縮小したり拡大したりしているようにも感じられるはず。
最後にもう一つ、鳥のように高いところから見たピラミッド状にも見えませんか? アルバースは幾度もメキシコを訪れていることから、メキシコの自然が持つ色彩や、ピラミッド状建築物の幾何学的な表現は「正方形讃歌」に影響を与えたと考えられています。この絵は具象的な何かを表すものではありませんが、ピラミッドを想起することでアルバースのインスピレーションに触れられる気がします。
アルバースは、ドイツのバウハウスという建築や美術などのデザインを総合的に教えた学校で教員をつとめていましたが、1933年にナチスによって閉校されたところ、アメリカの大学から招聘を受け渡米することになりました。
彼は同じ色でも隣接する色次第で違った色に見える、色の見え方の流動性に注目していました。授業では理論ではなく、学生が試行錯誤しながら自分で色の錯視効果を作り出せる実践的な指導で知られました。彼の制作スタイルもそれと同じで、1950年に始まった「正方形讃歌」シリーズは、ほぼ同じ構図で配色を変えたものが2000枚以上も制作され、まるで色の効果に関する研究記録のようです。ですから、同シリーズの他作品と見比べることで効果の違いがより深く味わえるでしょう。
独立性と平等性はアルバースにとって重要だったようで、それは自分が働く大学でアジア人学生の受け入れ増に尽力し、1946年に黒人画家ジェイコブ・ローレンスを講師として招聘したあたりにも窺えます。そして「正方形讃歌」でも、色同士は独立しながら均衡し合い、正方形を下辺に寄せて入れ子式にすることで何かが中心になることも優位になることもなく、各部が独立しつつ共鳴し合う構成にしているところにもその精神が表れています。
INFORMATION
「ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室」
DIC川村記念美術館にて11月5日まで
https://kawamura-museum.dic.co.jp/art/exhibition-past/2023/albers/