本作は20世紀のアメリカで画家・デザイナーとして活躍したベン・シャーン(1898―1969)の作品。まずはこの絵をタイトルと併せてじっくり味わってみてください。両親でなくても、大人が自分のために何かしてくれたのに、その意図をくみ取れなかったことなどが思い起こされるかもしれません。このように、絵を通して自分の一部となっている体験の記憶が蘇ることがあると思います。この作品が伝えたいのは、そのような追憶の力なのです。

 シャーンによるこの絵は、オーストリアの詩人リルケ(1875―1926)の自伝的小説『マルテの手記』の有名な一節を元に制作した24枚組の版画集の一枚です。その一節でリルケは「詩は経験から生まれるのだ」と断じ、あまたの都市・人々・事物を知ること、思いがけぬ邂逅、両親を悲しませたこと、妊婦の叫びを聞くといったさまざまな経験の例を挙げます。

ベン・シャーン「心を悲しませてしまった両親のこと(一行の詩のためには… リルケ『マルテの手記』より)」(「カタリウム」展図録より引用)
1968年 リトグラフ・手漉き紙 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 そしてシャーンはこの一節に列記された経験に光を当て、一つずつ絵にしました。本作の元になっているのは次の部分で、「まだいろいろなことがわからないままだった子どものころ、ぼくを喜ばせようとして何かを持ってきてくれたのに、それがわからなくて気を悪くさせてしまった両親のこと(その贈り物は、ほかの子どもだったら喜ぶようなものだったのだ)」(リルケ『マルテの手記』松永美穂訳、光文社古典新訳文庫)とあります。

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 シャーンは28歳のパリ滞在時に『マルテの手記』に出会います。中でも、版画集の元になった一節の最後で、経験が記憶に、そして追憶となり、追憶が自分の血肉になって自身と区別がつかなくなったとき、ひとつの詩の最初の言葉が生まれる、と論じた箇所に強く影響を受けたと思われます。というのも、シャーンは1956年のハーヴァード大学での講義で、「個人的な体験から引き出されることに普遍性があり、個人の思想や感情の全てが絵を形成している」という見解を示した最後をリルケのこの一節を引用して締めているからです。つまりリルケとシャーンは一行の詩と一枚の絵を生み出すことに対し、通底する考えを持っていたのですね。そう聞くと、この版画集の絵をすべて見たくなってきませんか。

 シャーンの絵画表現の見どころは、力強くザラッとした感触がある線描です。この感触がもたらす引っ掛かりが、葛藤や不安などの様々な感情を想起させます。また、シャーン自身が「主観的写実主義」と呼ぶ、デフォルメが効いた象徴性の強い表現が見る人の想像をかきたてます。本作でも二人の人物は簡略化された形で描かれているからこそ、こちらを真っすぐ見る母親と重ね合わせた小さな手、その横で体を小さくして目をそらす父親とその大きな手、といった特徴が目を引くのです。

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「カタリウム」
アーティゾン美術館にて5月24日まで
https://www.artizon.museum/exhibition/detail/600

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