日本人画家・藤田嗣治(1886―1968)は、第一次世界大戦時代のパリで、乳白色の画面に墨の線で女性を描いて人気を博しました。しかし、藤田は猫の画家としてもすぐれていました。猫は彼にとってサインのようなものだったそうで、猫を単体で描いたものはもちろん、女性画にも自画像にも頻繁に猫を描き入れています。そして、藤田のポートレート写真にも猫を抱いた姿を映した作品が多く、猫の方が目立っていることさえあります。本作はそんなポートレートの一枚で、かわいいキジトラと映っています。

藤田嗣治 「自画像」 1929年 油彩・カンヴァス 東京国立近代美術館蔵
アンドレ・ケルテス「猫を抱く藤田」(写真提供:Ullstein / ユニフォトプレス)(共に「藤田嗣治 絵画と写真」より引用)

 この写真を撮ったのはアンドレ・ケルテス(1894―1985)というハンガリー出身の写真家で、よく考えられた構図の作品で知られます。本作の構図も、藤田と猫へと注目がぎゅっと集まる求心性が強いものです。まず、ゴザが作り出す曲線が彼らを囲んで強調し、ゴザで囲むことで影が生まれ、その影が彼らの存在を画面の中で最も目立つよう引き立てているのも効果的。さらに壁・ゴザ・藤田の足が作り出すラインが集中線のように彼らへと視線を誘導しています。また、ケルテスの作品はさりげない可笑しみでも知られますが、本作でも藤田が不自然な仕草でゴザをかぶり、画家と同じくらい猫が目立つ撮り方にそれが表れています。

 藤田は画家としての自己のイメージを意識的に作り上げた画家でした。有名なのは、おかっぱ頭に丸い眼鏡という一目で藤田と分かるトレードマークです。自画像ではその姿に加えて、自作の絵、硯・墨とともに筆を持つことで「芸術の都パリで活躍する日本人の画家」を演出しました。

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 また、彼がパリに渡ったのは1913年。写真という技法が広く普及し盛んになったころでもありました。彼は写真という技法に通じていたし、自身が被写体になることもよくありました。本作ではその特徴的な風貌にゴザや草履といった日本的なモチーフを身に着け、日本人画家であることを強調しています。猫をモチーフとして重視したのは、猫には藤田が得意なテーマとする女性との共通項があった他に、猫の気まぐれで自由奔放な印象を、自身の人物像に重ね合わせる狙いもあったのでしょう。

 本作におけるこのような演出が画家・写真家のどちらの発案だったかは定かではありませんが、藤田がかなり関わっていたと考えられています。このような藤田のイメージはさまざまな媒体を通し、広く知られていったのでした。

 ちなみに、このポートレートでカメラ目線を披露しているキジトラは、ここに掲載している自画像を含め、他の作品にも何度も「自分をかまえ」とでも言いたげな表情で描かれています。

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「藤田嗣治 絵画と写真」
茨城県近代美術館にて4月12日まで
https://www.modernart.museum.ibk.ed.jp/viewer/info.html?id=430

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