19世紀後半のパリで活躍した画家ドガは、都市生活のリアルや孤独を、瞬間を切り取るように描写することが巧みな画家でした。本作は彼の叔母ラウラの家族の肖像画です。この絵を見ると、なんだか立ち入ってはいけないような険悪な雰囲気を感じるのではないでしょうか。この冷え冷えとした空気はどのように生まれているのでしょう。

ドガはフィレンツェに住んでいたベレッリ家に長期滞在し、イタリア美術をよく勉強しました。ベレッリ夫妻の夫婦関係は大変にピリピリとしたものだったそうです
エドガー・ドガ「家族の肖像(ベレッリ家)」 1858-69年 油彩・カンヴァス オルセー美術館蔵

 仲睦まじい家族に見えない理由は、全員無表情で互いに微妙な距離を保ち、誰も視線を合わせていないところにあります。左側に黒衣で毅然と立つのがベレッリ夫人。ドガの父親の妹ラウラです。彼女と両手を前に組む長女こそ体を近づけていますが、夫人は遠くを見つめ、一方の娘は何かを訴えるかのように鑑賞者の方に目を向けています。

 構図にも家族間の冷えた関係が読み取れる工夫が施されています。まず、右端でベレッリ男爵だけが鑑賞者に背を向けており、他の3人との距離があることがうかがえます。中央に座る次女は、伏し目がちに顔だけを右側に向け、体は姉と同じ服装で足を向かって左側に寄せるという絶妙なポーズ。彼女はいわば画面の結節点で、バラバラに見える左右の画面をかろうじて繋いでいます。また、この絵には垂直線の要素が非常に多いことも特徴的です。家族同士を隔てる仕切りのようでもあり、緊張感を生む効果があります。その中で男爵の椅子が斜めになっていることもいっそう彼を異物に見せています。

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 実は、この絵にはもう1人家族が描かれています。それは画中画の肖像画で、ベレッリ夫人の父親であり画家の祖父にあたるイレール。夫人が喪服を着ているのは、この父親を亡くしたばかりだったからなのです。男爵だけが黒ではない服装であるのは、悲しみをも分かちあっていないような印象を与えます。

 室内の様子に注意を向けると、裕福さを示すディテールがいくつもあります。華やかな絨毯と壁紙。鏡横の呼び鈴は召使の存在をほのめかし、机の上のカラフルな手芸道具は夫人のゆとりある生活ぶりの証。豊かさの中だからこそ、家族間の不協和音が余計に冷たいものに感じられます。

 さて、こんなに計算され尽くした画面なのに、瞬間的なものもとらえているのがドガらしいところ。例えば、ちょうど飼い犬が走り抜けて右端で見切れ、次女が気を抜いてポーズを崩したように見えるところなどです。

 本作のサイズは縦約2m×横約2.5mとまるで歴史画のようなスケールです。ドガの狙いは、近代社会における裕福な一家の殺伐とした関係を、冷徹な観察力によって大画面にありのままに描き出すことだったのではないでしょうか。

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「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」
国立西洋美術館にて2026年2月15日まで
https://www.orsay2025.jp/

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