ジュアン・ミロ(1893-1983)は、ピカソと並んで20世紀スペインを代表する画家。どちらの作品も何が描いてあるのかよく分からないところも共通していますね。しかし、ミロの絵が楽しそうに踊っているみたいだ、ということはなんとなく伝わるのではないでしょうか。
1928年 油彩・カンヴァス ニューヨーク近代美術館蔵
ミロは絵画の世界にある革新をもたらした画家でした。その革新とは、アメーバみたいに有機的な形で抽象画を描いたことです。抽象画は1920年代までは幾何学的なものが主流でしたが、30年代前半までに生命体のような柔らかく丸みを帯びた形で描く画家たちが現れます。ミロはその流れをリードした一人で、本作にも見られるようなアメーバ状の形を生かし、遊び心のある躍動感をもった作品の数々を生み出しました。
この有機的な形による創造は生物やその生成過程を感じさせ、後にバイオモルフィズムと呼ばれるようになります。バイオモルフィズムには絶えず変化する何かの瞬間を捉えたようなダイナミズムがあり、後のさまざまな芸術に影響を及ぼしました。このようなミロの画風形成にはシュールレアリスムが深く関わっていますが、同時に地元カタルーニャ地方の中世キリスト教絵画の幻想的で鮮やかな表現も大きく影響していると言われます。
本作は、17世紀オランダの絵画をミロ流にアレンジしたものです。元の絵はリュートを奏でる男性を写実的に描いたもの。ミロはその画風をガラッと変え、穏やかな室内画を賑やかな造形作品に生まれ変わらせました。彩度をぐっと高くし、陰影をなくして輪郭をハードエッジにすることで立体感のない平面的な表現にしています。もっとも大きな変化は、形を極端にデフォルメし、部分的に巨大にしたり省略したりした点にあるでしょう。特に目立つのがリュートを弾く男性で、頭が巨大になり、代わりに手や足はとても小さくなっています。この形に、絵本で知られるバーバパパたちが変身する途中の姿を思い起こす人もいるでしょう。小さな口ヒゲもキュートです。
元の絵と比べると、ミロの絵は動きを感じさせることも大きな特徴です。それは、絵の主役である白い塊を左上から右下への対角線にそって配置したことが作用しています。対角線構図は縦や横を強調した構図よりも動きを感じさせるからです。さらに、有機的な曲線が反復されることで細かな動きとリズム感が生まれます。また、右下の渦巻き模様は書きかけのト音記号にも、音楽が流れる様子を視覚化したようにも見えます。これらが合わさって絵が全体的に踊っているように見えるのです。
ミロは形というものを、絶えず変化して別の形になり、相互作用しながら記号や象徴を生むものと考えていました。本作はそんなミロの考えをよく反映していて、元の絵が持つ物語性を超えて、元の造形をアレンジして新しい視覚的な効果を生み出すことに関心が向けられています。
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「ミロ展 Joan Miró」
東京都美術館にて7月6日まで
https://miro2025.exhibit.jp/
