果てしない異界へと迷い込んで、写真家・映画監督の蜷川実花がつくり出した美の世界にどっぷり浸かる……。そんな体験を味わえる大規模展覧会が、京都で開かれている。京都市京セラ美術館での「蜷川実花展 with EiM:彼岸の光、此岸の影」だ。

五感が鋭敏になっていく展示空間

 蜷川実花といえば花や金魚、いまをときめく著名人のポートレートなどで知られる写真家で、同時に「さくらん」「ヘルタースケルター」など話題の映画を生んできた映画監督でもある。写真、映像ともに艶やかな色彩と明暗のコントラスト、過剰なまでの装飾性によって、ひと目でそれとわかる作品世界を築いてきた。

 今展も独自の「蜷川ワールド」は健在でありながら、展示構成としてはひと味違うものとなっている。単体の写真や映像を味わうというより、空間を丸ごと体感することに主眼が置かれているのだ。

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 会場でどんな光景に遭遇できるのか、順を追って見てみよう。

 来場者がまず目にするのは、展示室を取り巻くガラス窓一面に貼られた草花や蝶の写真群《Liminal Pathway》。半透明のフィルムに印刷されたものなので、写真越しに京都の街並みとその向こうの山並みもうっすら見える。幻想的な作品世界と現実が入り混じって、早くも自分がどこを歩いているのかわからなくなる。

会場入口付近の《Liminal Pathway》

 そう、この展示は全体に虚構と現実、生と死といった対極的なものの狭間にある境界線を強く意識しながら、異界へ没入していくことを狙い構成されているのだ。

 自分の居場所が曖昧な感覚のまま、暗がりを進む。無数に並ぶ水槽内に映像が揺らめく空間や、両脇を真紅の彼岸花が埋め尽くす曲がりくねった道を通り抜けていく。自分の身体の存在を忘れそうになるいっぽうで、五感は研ぎ澄まされていく。視覚がわずかな色にいちいち感応したり、ところにより気の安まる香りがほんのり漂っていることに気づいたり、音響が脳内に沁み渡っていくのを感じたりもする。

水槽内に映像が揺らめく《Breathing of Lives》

 大きなスクリーンと対峙する空間に行き当たった。光と風を浴びて微細に揺れ動く花々の映像が儚くも美しい。ただし画面をいくら凝視しても焦点が定まらず、この世ならぬ世界を見つめている気分になる。

 それもそのはず、《Blooming Emotions》と題されたこの作品は、スクリーンの表と裏から別の映像が投影されている。観る側は重なったふたつのイメージをいちどきに体験しているのだ。ありそうであり得ぬ光景を見続けていると、自分の意識はどんどん内側へと向かい、心象風景が掘り起こされていく。