子どもや動物たち、樹木に花々、果ては天体そのものまで。私たちの目に映るあらゆるものを、鮮やかな色彩で続々と絵にしていく近藤亜樹による大規模個展が、茨城県水戸市で開催中だ。水戸芸術館 現代美術ギャラリーでの「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」。

水戸芸術館

「音を描こう」とした新作絵画

 自身の内側から湧いて出るイメージを、身近な事物に託して表現する近藤亜樹の絵画は、いつも簡潔・明快・リズミカルだ。画面には人と動植物が分け隔てなく、重力から解放されたかのごとく自在に現われ出る。生きとし生けるものすべてを全力で肯定しているようで、観ているこちらの身と心も、軽やかになっていく。

 近作と新作の計88点によって構成される今展では、近藤の絵画世界にどっぷり浸かることができる。なかでもとりわけ、絵のなかに吸い込まれるような没入感を存分に味わえるのが、幅9メートル超の巨大な新作《ザ・オーケストラ》(2024年)だ。

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近藤亜樹《ザ・オーケストラ》(2024年)

 歌う人間、鈴を鳴らす動物、ハープを奏でる昆虫、揺れる花々、踊るタコ、そして指揮棒を振る異形の何者か……。はみ出さんばかりにぎっしりモチーフが描き込まれた大画面からは、たしかに音が聴こえてくる気がする。音楽になる手前の、震え・うごめき・波と呼ぶほうがぴったりの、原初的な音とでも言おうか。

近藤亜樹《ザ・オーケストラ》(2024年・部分)

 この大作の着想はいったいどこから来て、どのように描かれていったのか。会場で近藤亜樹本人に話を聞けた。

「あるとき、住んでいる山形から仙台へ向かう高速バスに乗っていると、車窓から真っ黒に焦げた巨木が見えました。雷にでも打たれたのでしょうか。周りの森に目をやると、道路と平行して電線が五線譜のように伸びて、夕陽にたなびく雲がそこにかかっていた。そのとき小澤征爾さん指揮のオーケストラを聴いていたこともあって、巨木が指揮者のように見えてきて、直感的に『次はオーケストラだ』と思いました」

 そう決意した矢先、水戸芸術館から個展開催のオファーを受けた。ならばその個展に向けて、目には見えない音をモチーフにした絵画を描こうと心に決めた。同館館長を務めているのが小澤征爾であることは、あとから知って驚いたという。

小澤征爾指揮のオーケストラ音源を聴いて気づいた“うねり”

 いざ音を描く試みを始めてみると、「音っていったい、どんな色やかたちをしてるのか?」と思い悩んでしまった。なんとかヒントを得ようと、小澤館長と手紙のやりとりをさせてもらえないかと申し込むも、追いかけるように氏の訃報を耳にすることとなった。

 「音」について巨匠に直接問うことは叶わなかった。ならばせめてと、小澤征爾指揮のオーケストラ音源を、繰り返し聴いて自分の身体に落とし込んでいった。

 演奏を聴きながら、ふと耳をふさいでみると、音に合わせて骨に振動が伝わってくるのをはっきり感じた。

「そのとき思いました。私にとって音は骨の震えであり、空気の流れなんだなと。音を描くには、このうごめきやうねりを表現すればいい、そう気づきました」