絵画展は世に無数あるが、いま最も「絵を観る愉しさ」が味わえる展示を挙げるなら、これだ。
東京銀座・ギャラリー小柳で開催中の、熊谷亜莉沙個展「天国泥棒」。会場をめぐりながら、魅惑の熊谷亜莉沙作品を読み解いてみよう。
photo by keizo kioku
「怒り」が筆を握る原動力
展示室へ足を踏み入れて、いちばん大きな壁面には、3枚の絵画が掛かっている。真ん中の大きい作品は、全面が黒で塗り込められた闇のなかから、それ自体が鈍い光を放つようにして切り花の像が浮かび上がる。背後にロザリオが見えることから、そこが教会のような祈りの場なのだろうとは察せられる。
この大画面の左右に、小ぶりな絵画が添えられている。描かれているのはどちらも、どうやら子どもが履くシューズのよう。
photo by keizo kioku
不思議な取り合わせのこの三連画は《It’s OK. It’s OK. It’s OK.》と題されている。息を呑む美しさと、ただならぬ緊張感が同居して、観る者を敬虔な気持ちに誘う絵画だが、はてこれはいったい何を表しているのか。
会場で熊谷亜莉沙本人に話を聞けたので、その言葉に耳を傾けてみたい。今作を描いたきっかけは、日常で感じる「怒り」であったという。
「毎朝スマートフォンを開くたび、世界中の子どもたちがレイプされ、暴行され、殺されたというニュースが飛び込んできます。SNS上では、悲惨な現場の映像までが出回っています。それらを目にすると、耐えがたい気持ちになります。自分自身で制御できない強い怒りに襲われ、その感情が私を絵に向かわせます。作品にぶつけてしまわないことには、自分の気持ちを整理できないのです」
Photo by Sadaho Naito
それほどまでにつらいのなら、子どもにまつわる悲惨な出来事を目に入れないようにしたら……? と思う向きもあろうが、そうはいかない。どうしても気になり追いかけてしまうという。なぜならそれらニュースが、自身の体験と重なるからだ。子ども側の気持ちに感情移入してしまうので、目を背けるわけにはいかないという。





