父親から暴力を受けた過去

「私は父親から暴力を受けて育ちました。その記憶は、大人になっても消え去ることはありません。そのころの私は抵抗しない性質だったので、父は暴力を振るうとき以外、私のことが好きでした。マイケル・ジョーダンのファンだった彼は、ジョーダン・シリーズの子ども用バスケットシューズを、私に大量に買い与えました。それらは家に長く保管されていました。両親が離婚しても、ひとり暮らしになった父が孤独死しても、私が成人しても、ずっと。

 母に理由を問うと『これは彼があなたに贈った唯一のものだから』とのこと。私は母の気持ちを、そして父の気持ちも理解しようと努めましたが、どうにも理解し切ることはできず、いまだわからないままです。ただもしかすると、これが『愛』とか『祈り』のひとつのかたちなのかもしれない、とは感じました。

《It’s OK, It’s OK, It’s OK》
© Arisa Kumagai / Courtesy of Gallery Koyanagi
Photo by Hikari Okawara

 はっきりとした答えの出ないまま、私はこの絵を描き続けました。大きいキャンバスの真ん中には、暗くてほとんどわからないかもしれませんが、聖母マリアの姿を描いてあります。その手前に、何か大きなものに捧げられるものとしてのブーケ。両脇の小さい絵は、私に与えられ、履き潰したボロボロのシューズです。これは私の記憶の一部であると同時に、いま世界中で問題を抱える子どもたちの似姿でもあります。左右のシューズはほんの少しだけ、聖母に身を寄せるかのように傾いています。寄り添いたい気持ちはいつでも、だれの心にもあるものだということを表明したかったので」

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《It’s OK, It’s OK, It’s OK》(3点組)
© Arisa Kumagai / Courtesy of Gallery Koyanagi
Photo by Hikari Okawara
《It’s OK, It’s OK, It’s OK》(3点組)
© Arisa Kumagai / Courtesy of Gallery Koyanagi
Photo by Hikari Okawara
《It’s OK, It’s OK, It’s OK》(3点組)
© Arisa Kumagai / Courtesy of Gallery Koyanagi
Photo by Hikari Okawara

 そうした背景があることを知ったうえで対面してみれば、この三連画が宗教画のごとき静謐(せいひつ)さを湛えている理由がよくわかる。熊谷にとって描く行為とは、愛と祈りを探究することにほかならないのだ。