背中を丸めた柄シャツの男

 異なる壁面の前へと、歩を進めてみよう。こちらにも大きい画面を持つ絵画が並んでいる。2点揃いで《Say yes to me》という作品である。左側の画面には、良質な生地で鮮やかな色の柄シャツをまとった男性が、背を丸めている姿。右側画面には清い川の浅瀬で、一頭の子鹿が血を流し倒れているさまが描写されている。

《Say yes to me》
© Arisa Kumagai / Courtesy of Gallery Koyanagi
Photo by Hikari Okawara

 少々奇異に思えるのは、両作品の形態だ。どちらもかなり横長で、大人ひとりが横たわれるほどの大きさがある。このサイズ、じつはシングルベッドの大きさに合わせてある。〈Single bed〉シリーズとして熊谷が数年来、描き続けているものである。

《Single bed》
© Arisa Kumagai / Courtesy of Gallery Koyanagi
Photo by Keizo Kioku

 なぜこのような、油彩画としては規格外のサイズにしているのか? これも熊谷の身に降りかかった過去の出来事と関係する。

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「母と離婚後、死ぬ間際にはひとり暮らしをしていた父は孤独死して、腐乱死体で発見されてしまうこととなります。一報を聞いたとき私は、寝ていたシングルベッドから起き上がれなくなりました。自分は父を憎んでいたはずなのに、その死をものすごくショックに感じました。さらには、父の死を聞いてひどく動揺していることを自覚して、二重にショックを受けました。そのまま数ヶ月塞ぎ込んで過ごした末、この感情を作品にするしか前に進むすべはないと考え、気持ちを奮い立たせて筆をとりました。

 つらいながら私は必死に想像しました。亡くなったあと数ヶ月も発見されないような彼の暮らしは、いったいどんなものだったのか。ひとりで死ぬとはどんな気持ちなのか。私も同じようにして死ぬのだろうか……。そうした私の迷いや考えを、シングルベッドのサイズのキャンバスに押し込めていこうと試みました」