そこからは、一気呵成に筆が動いた。まずは指揮棒を振る巨木の化身のような者の姿が、画面に現れた。次いで思いつくままに楽器や、それを奏でる生きものたちが描かれていった。もっと「うねり」が必要だと感じた近藤は、8本の足をくねらせ踊るタコも画面左上に登場させている。
さらには、モチーフが折り重なっていて一部しか見えないが、背後には地球そのものまで描かれている。ここに描き出されたのは、どうやら宇宙規模で展開するオーケストラだったようだ。
サボテン、花、人物像……生きとし生けるすべてが絵のモチーフに
いったん《ザ・オーケストラ》の前に立つと、いくら眺めても見尽くせない感があって足止めされてしまうが、展示はこれだけではない。サボテンをモチーフにしたシリーズも、同じく注目したい新作だ。同館には長い廊下状の展示空間があり、そこに無数の「サボテン」シリーズの絵画が、立て札のようにランダムに並ぶ。
厚塗りで描かれたサボテンの葉やトゲ、花は、妙に生々しく見える。なかでもひときわ目を惹くのは、作品名が展覧会タイトルに採用されている《我が身をさいて、みた世界は》(2024年)だ。大きな画面の全体を一望すればたしかに植物なのだけど、中央部分には目・鼻・口が見てとれて、こちらに何かを訴えかけてくるかのよう。
それにしても、なぜサボテンが作品のテーマに据えられたのか。じつは先ほど観た《ザ・オーケストラ》の制作過程と、大いに関連があるという。どういうことか、これも近藤亜樹ご本人の言葉を聞こう。
「オーケストラの絵を描いているとき、困ったことが起きました。『声』が聞こえてこないんです。いつもなら作品が出来てくると、『ここで終わりだ、もうさわるな』という声がして筆を置くタイミングがわかるのに、今回はいつまでも終われない。途方に暮れている時期に、たまたま近所のホームセンターを歩いていると、枯れかけたサボテンが売っていた。なぜか気になり買い求めて水をやっていると、10日も経ったころにはすっかり回復して大きくなっていきました。ほんのちょっとの助けがあれば、サボテンはたちまち生命力を発揮して成長していく。その様子を見て、私ももういちど絵と向き合おうという気持ちになれました」
そんなことがあってほどなく、《ザ・オーケストラ》は無事に完成することとなる。大切な教えを授けてくれたサボテンは続いて近藤の絵のモチーフとなり、シリーズ作品として描き継がれることとなった。