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「聖母マリアがジャベリンを抱く画」が示す国民性とは? 小泉悠・高橋杉雄が迫るウクライナ戦争のリアル

「聖母マリアがジャベリンを抱く画」が示す国民性とは? 小泉悠・高橋杉雄が迫るウクライナ戦争のリアル

小泉悠・高橋杉雄対談

note

趨勢を決めた「ブロバルイの戦い」

小泉 高橋さんの予想通り、東からの部隊が弱りきったところで、ウクライナ軍は反撃に出たわけです。

高橋 象徴的だったのが、3月9日に始まった「ブロバルイの戦い」です。ブロバルイはキーウのすぐ東に位置する都市ですが、首都ギリギリまでロシア軍が迫ってきたところを、ウクライナ軍がミサイルでダダダダッと撃破していった。そうやって東からの部隊を食い止めた後は、北側に転進します。ベラルーシ国境から南下してきていた部隊も迎え撃ちました。

小泉 ブロバルイの戦いでは、ロシア軍中央軍管区の虎の子である第90親衛戦車師団が、壊滅的な打撃を受けたようです。侵攻したロシア軍の“背骨”をへし折るくらいの、大きな成果をあげました。

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高橋 このように相手をギリギリの地点まで引き込んで、乱れ切ったところで迎え撃つのが「機動防御」と呼ばれる作戦です。この機動防御をウクライナ軍が有効に活用できたことで、キーウを守り抜くことが出来た。

小泉 もちろんウクライナ側も相当な数の犠牲を出しましたが、現場の兵士たちが死ぬ気でやり切った。最後まで諦めなかったからこそ、緒戦をなんとか凌ぐことが出来たのだと思います。

高橋 開戦初期の展開のなかでは非常に際立った戦闘で、後世の教科書で紹介されてもおかしくないレベルですね。ロシア軍に大打撃を与えたことで、その後の戦局の趨勢を決定づけたと言えます。

「聖ジャベリン」なる現象

小泉 ロシア軍の侵攻を食い止めるのに大きな役割を果たしたのが、アメリカから大量供与された対戦車ミサイル「ジャベリン」でした。自前の軍隊に加え、ジャベリンを活用したことで、ウクライナ軍は数多くのロシア戦車を撃破することに成功しました。

高橋 ジャベリンの総重量は20キロ程度で、歩兵が肩に担いで目標を攻撃します。ミサイルを自動誘導する「撃ちっぱなし式」のため、発射後に速やかに退避することが出来るのも特徴の一つです。

ジャベリン

小泉 僕が面白い現象だなと思ったのは、「聖ジャベリン」なる現象が巻き起こったことですね。聖母マリアがジャベリンの発射機を抱いているイラストが、インターネット上で数多く拡散されていったのです。なんと公式サイトもできていて、ステッカーやマグカップなどのグッズが販売されています。要するにジャベリンが擬人化され、救国のシンボルとして扱われているのです。

 他にも、ウクライナの住宅の壁に描かれた聖ジャベリンが話題になりました。

聖ジャベリン

高橋 (写真を見ながら)これ、すごいですね。

小泉 旧ソ連圏を訪れると、団地の壁に絵が描かれていることが多々あるんですよ。その国や町にとって最も大事なシンボルが壁画になっている。例えば空軍の飛行訓練センターがある町では、官舎の壁に英雄のパイロットたちの像が描かれていたりします。

高橋 写真を見るとかなり大きな壁画に感じますけど、どうやって描くんですかね。

小泉 私も気になっていたんですが、ロシアを旅した時に制作現場に遭遇したことがあります。プロジェクションマッピングってあるじゃないですか。プロジェクターを活用して、建物などの物体に映像を投影する技術です。あれを利用して、団地の壁にイラストの下描きを拡大して映すんですよ。下描きに沿って線を引く作業を繰り返し、それが終わったら色を塗っていく。