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核抑止論の限界 東浩紀と小泉悠が国際世論の“感情化”に警鐘

2022/06/26

国際世論の過熱が核応酬の危機をもたらす。東浩紀氏と小泉悠氏による対談「ロシアは絶対悪なのか」を一部公開します。(「文藝春秋」2022年7月号より))

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「人間は昔と変わらず残虐なことをする」

小泉 東さんとお会いするのは僕が東さんの経営するゲンロンカフェにお邪魔したとき以来ですね。あの日はイベントが終わった後に酔っぱらって家に帰れなくなり、夫婦史上最大の危機を迎えました(笑)。

 あのときは失礼しました。

小泉 それが一昨年の秋のことですが、今にして思えばあの頃は平和だったなと思います。今年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻以来、世界の雰囲気は随分と変わってしまいました。

 私のようにロシアの軍事を研究してきた人間からすれば、今回のウクライナ戦争のような事態が起きる可能性があることは、事前に予測し得たことでした。しかし、キーウやハルキウのような歴史ある大都市が軍事攻撃に遭い、マリウポリでは食糧が不足しても市民が逃げることができない状況など、想像だにしなかった。第二次大戦の際の地上戦を彷彿とさせる現状を前に少なからぬショックを受けています。ブチャでは、地下室に男たちのつながれた遺体がたくさん転がっているとか、後ろ手に縛られた遺体が土管の中に放置されているとか、道端に裸にされて、たぶんレイプされた女性の遺体があるとか。このような陰惨な戦争を人類は克服したのではなかったかと思ってしまいます。

蹂躙されたブチャ

 おっしゃる通り、ウクライナ戦争は非常に古いタイプの戦争という側面がありますよね。戦車がやって来て、都市が攻撃に遭い、人々は拷問・強姦され、虐殺されている。100年前、1000年前とまったく変わらない戦いの光景が広がっています。人間は昔と変わらず残虐なことをする動物だということが改めて突きつけられていると感じます。

人類は大して進歩していない

小泉 ただ、ショックを受ける一方で、その悔恨は先進国に生きる我々の驕りにすぎないのだという醒めた感覚もあります。例えば90年代に起こったチェチェン紛争におけるロシア軍の行為は今回とさほど変わらないわけです。中東での戦争でも少なからず、似たような事態は起こっているでしょう。以前から変わらずにある忌々しい戦禍を、馴染みのあるヨーロッパの都市で目撃しただけとも言える。

 僕はウクライナ戦争とコロナ禍がほとんど同時期に現れたことも象徴的だと感じています。医学の目ざましい発展とビッグデータに代表されるコミュニケーション技術の進化によって、人類は感染症すら制御することができるという主張がありました。歴史家のユヴァル・ノア・ハラリが、代表作『ホモ・デウス』の中でそういう主張をしています。この本は題名の通り、「ひと(ホモ)の歴史は神(デウス)の実現に向かっている」という内容です。しかし、本誌5月号でも書きましたが、パンデミックは「ポストヒューマン」や「シンギュラリティ」といった流行の概念、つまり人間の万能感に大きな冷や水を浴びせかける経験となりました。

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