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核抑止論の限界 東浩紀と小泉悠が国際世論の“感情化”に警鐘

2022/06/26
note

小泉 現代的な意味でのハイブリッド戦争とは戦争の決着が戦場で付かないという現象を言うんだと思うんですね。例えばベトナム戦争では中隊規模以上の戦闘では常に米国が勝利を収めていました。それでも最終的に戦争に勝てなかったのは米国内で戦争に対する支持が失われ、戦いを継続できなくなったからです。

 今回の戦争ではゼレンスキーのキャラクターや振る舞いが国際世論に大きな影響を与えています。副首相兼デジタル担当大臣のミハイロ・フェドロフは弱冠31歳であり、世界的な起業家であるイーロン・マスクに呼び掛けて衛星ネットサービスを提供してもらったことも大々的に報道されました。ウクライナは国内外を問わず、反ロシアの“空気”を醸成することに成功しています。

 ただ、ウクライナが仕掛けているその戦略は、必ずしも敵国ロシアには向かっていない。むしろその外で成果を上げている。国際世論はゼレンスキー支持一色ですが、他方でロシアはどこ吹く風というように戦車で隣国の土地を蹂躙し続けている。いわば「ハイブリッド戦争」対「非ハイブリッド戦争」という状況になっているように見えるのですが、いかがですか。

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小泉 その通りですね。ハイブリッド戦争の理論はあくまでも敵国が民主国家である場合を想定しています。民主国家だからこそ、国際社会で風向きが悪くなり、国内で支持を得られなくなると戦争が継続できなくなり、負ける。しかし、ロシアは権威主義体制であり、プーチン政権はテレビなど主要メディアを支配下に置き、ネット空間でもフェイスブックなどSNSにはアクセスができなくなっている。プーチンが支持されている限りは、ロシアは戦争を継続するはずです。

戦争終結のシナリオ

 僕が懸念しているのはブチャの虐殺以降、国際世論がますます強硬になっていることです。プーチン体制を倒すまで終わらない、という雰囲気になっていますが、そこに辿り着くには両国ともに大変な犠牲が必要になります。そこはどうご覧になっていますか。

小泉 ウクライナ戦争が終結に向かうシナリオはいくつか想定できます。例えば、第一次世界大戦の最中に起こったロシア帝国崩壊のように、国家体制そのものが内部から崩壊してプーチンが戦争を継続できなくなるケースです。これは西側諸国が望んでいる展開だと思います。ただ、もしロシアがプーチンという強力なリーダーを失ったとき、すんなりと新政権が出来て停戦に至るのか。さらに激しい混乱が生じて収拾困難になる可能性も高いのではないか。私はプーチンが国家元首の座に就いている間に、はっきりと彼の責任として落とし前をつけさせる方がいいと思っています。