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核抑止論の限界 東浩紀と小泉悠が国際世論の“感情化”に警鐘

2022/06/26

小泉 感染症については、僕は素人で全然わからないのですが、でも結局かかるのは人間なわけですよね。オミクロン株が最初に持ち込まれた時だって、米国から帰国した女性が隔離されてなくちゃいけないんだけど彼氏か誰かとこっそり会ったんですよね。その人がそのままサッカーの試合を観に行った。人間は結局欲望を抑えきれないと。そういう、テクノロジーは進歩するけど人間の本質は変わらないのは、戦争も疫学対策も同じだと思います。

 感染症対策に役立ったのはマスクや手洗い、都市封鎖という数世紀以上も前からある方法でした。戦争についても同様です。軍事技術は進んだかもしれませんが、結局、戦争は人間が起こすものです。憎悪や欲望をいかにコントロールするかということについては、人類は大して進歩していないことを認めなくてはいけません。

小泉 元露空軍の将軍で軍事科学アカデミー副総裁のウラジーミル・スリプチェンコは著書『第六世代戦争』で、《現代の戦争はドローンなど精密誘導兵器で決着がつくため、戦場における直接戦闘の重要性は低下し、古典的な野戦軍は時代遅れになる》などと書いています。サイバー攻撃やロボット軍隊を駆使する無人化された戦争へと人類はシフトするという議論は米中露を問わず、軍事研究者の間でなされてきました。

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小泉悠氏

ゼレンスキー戦略への懸念

 91年に起こった湾岸戦争ではコンピューターを駆使した兵器が登場し、「ニンテンドーウォー」とも呼ばれました。近年も、これからの戦争はバーチャル化されスマートなものに変化していき、現実の戦場だけでなく、情報空間で戦いが起こる「ハイブリッド戦争」になると言われていました。

小泉 ええ。しかし、現時点で21世紀最大の戦争と言えるウクライナ戦争は、人間の兵士が血を流しながら戦う、歴史の教科書から出てきたような古典的な戦いです。かつてプロイセンの軍事理論家、カール・フォン・クラウゼヴィッツが見抜いていたように、戦争の本質に相手を滅ぼすまで暴力はエスカレートし、理論的には無制限の暴力が行使される「絶対戦争」へ至るという人間の性があることは否定できません。

 今回のウクライナ戦争にもハイブリッド戦争の面はあります。ただ僕はこれまでハイブリッド戦争について、高度な技術を持つハッカーたちがサイバー攻撃などで暗躍するイメージを持っていました。ところが、実際に効果を発揮しているのは主にウクライナ側によるSNS上への投稿です。写真や動画をハッシュタグをつけて拡散し、仲間を増やす方法。よくあるネット上の論争とあまり変わらないスタイルだとも言える。

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