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「聖母マリアがジャベリンを抱く画」が示す国民性とは? 小泉悠・高橋杉雄が迫るウクライナ戦争のリアル

「聖母マリアがジャベリンを抱く画」が示す国民性とは? 小泉悠・高橋杉雄が迫るウクライナ戦争のリアル

小泉悠・高橋杉雄対談

note

文藝春秋9月号より、小泉悠氏(東京大学先端科学技術研究センター専任講師)と高橋杉雄氏(防衛研究所防衛政策研究室長)の対談「ウクライナ戦争『超精密解説』」の一部を掲載します。本稿は6月28日に行われたオンラインイベントを記事化したものです。

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ウクライナがなぜ善戦しているのか

小泉 2月24日にロシアがウクライナに侵攻してから、5カ月が経とうとしています。当初、首都・キーウは数日で制圧されるだろうと見られていましたが、大方の予想に反してウクライナは徹底抗戦しました。現在も東部のドンバス地方で互角の戦いが続いています。

 軍事力でロシアに大きく劣るとされていたウクライナが、なぜここまで善戦しているのか。この対談では特徴的な戦略や戦術に注目して、徹底解説していきたいと思います。

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小泉悠氏 ©️文藝春秋

高橋 私が最初に取り上げたいのは、ロシア軍の序盤の動きです。侵攻開始当初、ロシア軍は電撃侵攻を試みました。一気に首都キーウを制圧し、ゼレンスキー大統領を捕縛ないし、殺害しようとした。

 しかし、そんなに上手くいくはずはないと、私は思っていました。フセインやカダフィなど、相手の最高指導者を狙う作戦は歴史上何度も試みられていますが、成功したのはパナマのノリエガ将軍を捕縛した「ジャスト・コーズ」作戦しかないからです。

 キーウに対するロシアの攻撃は主に二つの方向から来ていました。一つはドニエプル川の西側、ベラルーシとの国境から南下していった部隊。もう一つが、東部のスムイ方面から西へと向かっていった部隊です。それらの部隊でキーウを包囲して、四六時中、砲爆撃を浴びせ、ウクライナを事実上の降伏に追い込む。それがプーチンの当初の構想だったのだと思います。

高橋杉雄氏

小泉 ロシア軍はかつてない規模の戦略機動をおこなって、キーウを狙いにいったと言えます。相当な気合が入っていました。

 例えばベラルーシ方面から入ってきた部隊は、東部軍管区の第35軍と第36軍で構成されていた。東部軍管区は中国を相手にしている軍管区なので、ある程度の重兵力を持っている。その中でも一番規模のでかい主力部隊を、シベリア鉄道でガタゴトと運んできたわけです。キーウを東側から攻めた部隊には、西部軍管区の第1親衛戦車軍が入っていました。こちらも戦車と装甲車を中心に構成されている、かなりの精鋭部隊です。

BTR-82A(ロシアの装甲車)

高橋 当時の状況を見ていて気になったのが、東側からの部隊のスピードが速すぎたことでした。通常は1日あたり10キロを超えれば速いほうですが、1週間に100キロのペースで進んできていた。かなり限界に近いスピードだったので、「これはウクライナに反撃のチャンスがあるな」と思っていました。

 というのも、実は戦車って自家用車よりも壊れやすいので、無理をして進めば進むほど脱落して数が減っていくんですね。ウクライナ側に入り込むほど補給状態も厳しくなり、隊列も乱れていきますから、反撃のチャンスになります。