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高橋 「下がる」というのは、相手に背を向ける行為ですからね。最初は1万人で侵攻したとしても、激しい戦闘の結果、最後に残るのは数百人程度になる。その規模の人数で無傷で撤収するのは至難の業です。

小泉 一部の部隊が退いている間に他の部隊が援護して、その部隊が退く番になったらまた別の部隊が援護して……そうやって上手に退いていかないと、後ろから追い打ちをかけられて酷い目にあいますから。

高橋 それにしても、あんなに綺麗サッパリいなくなるとは思わなかったですね。キーウ攻略に失敗した後も、榴弾砲の射程圏内には一部の部隊を残すと予想していました。そこから嫌がらせ的な砲撃を続けておけば、ウクライナ側も予備兵力を拘置せざるを得なくなり、ドンバス地方に兵力を向けられなくなる。

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 あるいは、チョルノービリ周辺に部隊を留めておいて、いつでも再侵攻できる態勢を維持する形も考えられた。ロシアは撤退後もそういう膠着状態をつくり出すはずだと思っていました。

小泉 私も見事に騙されました。

ロシアのお家芸「マスキロフカ」

高橋 おそらくウクライナ軍も騙されたのではないでしょうか。ロシア軍はギリギリまで、全ての部隊を撤退させるような素振りは見せなかったですから。ロシア軍の作戦意図の秘匿と、実施にあたっての思い切りの良さは目を見張るものがありましたね。

小泉 やはりロシアのお家芸は「マスキロフカ」、つまり欺瞞ですね。あの国の軍事ドクトリンにおいては、「我が方の意図を誤解させる」ことを非常に重視している。ロシア軍って本当によく嘘をつくじゃないですか。適当なことを言って、約束は全然守らない。

高橋 そうそう。

小泉 だから、3月末にロシアの国防省が「キーウ周辺からは退いて東部に集中する」と発表しても、素直に信じる人間はいなかったわけですよね。それが本当に言葉通り、キーウ周辺から部隊が綺麗にいなくなった。ロシアの将軍が宣言をちゃんと実行したわけです。これは極めて珍しい。

高橋 本当にそうです。

小泉 撤退の手際はよかったですが、次の戦地に投入するのはちょっと早すぎた気もしますけどね。後方に下がってきた部隊を労わるほどの情けは、どうやらロシア軍にはなかったらしく、すぐに東部ハルキウ方面に送り込んだ。

高橋 普通だったら、少なくとも1カ月は休養にあてますよね。

小泉悠氏と高橋杉雄氏の対談「ウクライナ戦争『超精密解説』」全文は「文藝春秋」9月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。6月28日に行われたオンラインイベント《小泉悠×高橋杉雄「ウクライナ侵攻『超マニアック』戦場・戦術解説》のフル動画も「文藝春秋 電子版」で公開中です。

文藝春秋

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ウクライナ戦争「超精密解説」