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「常にインフルエンサーの成功を見せつけられている」10代女子の精神的不調が激増中…世界的精神科医が指摘する“SNSの問題点”

『ストレス脳』より #1

note

 なぜ精神的な不調が女子の間で激増したのか、はっきりした答えはわからないので推測を書かせてもらうが、まずティーンエイジャーは学校以外で起きている時間の半分をスマホに費やしているという現実がある。その時間を女子は高い割合でソーシャルメディアに費やし、男子はゲームをする。なぜそれで女子の精神的な不調が急速に増加したのか、脳の見地から考えてみよう。

果てることのない世界共通の欲求とは何か

 耳たぶの後ろ1センチほどのところからまっすぐ脳の奥に入っていくと、医学用語で縫線核と呼ばれる15万の脳細胞でできた部分がある。脳細胞のわずか0・0002%なのに、それが私たちの精神状態やどのように機能するかを決定づける。脳内で最も驚くべき物質、セロトニンの大部分がそこで生産されるためだ。

 現在、多くの国で大人の10人に1人以上が抗うつ薬による治療を受けている。薬の大半がSSRI(訳注:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)で、セロトニンのレベルを上昇させる薬だ。なぜセロトニンのレベルを上げる需要が大きいのだろうか。この薬が人間に与えてくれる、果てることのない世界共通の欲求とは何なのだろうか。ここでまた脳に戻り、それを理解してみよう。

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 セロトニンは縫線核で産生されたあと、少なくとも20の細胞シグナル伝達経路を通って脳全体に運ばれていく。そこで様々な精神的特徴に携わるので、とんでもなく複雑な影響が生じる。しかし最も重要と思われる影響については端的に言い表すことができる。「セロトニンは私たちがどのくらい孤立したいかを制御する」。そしてそれは人間に限ったことではない。

 セロトニンは生物の歴史を10億年遡っても存在し、人間以外にも様々な種の「孤立」に影響を与えている。イトヨとゼブラフィッシュを一般的な下水処理後の排水と同じ濃度の「セロトニンレベルを上昇させる薬」が入った水に放つと、魚たちは慎重さを欠き、肉食魚に食べられてしまうリスクが上がる。

 孤立したいかどうかを制御するシステムのバランス、何百万年もかけて研ぎ澄まされてきたそのバランスが崩れると、命に関わるような影響が出るのだ。魚の場合はたいてい他の種が脅威になるが、魚以外だと同じ種の仲間も脅威になることがある。例えばカニはカニ同士で激しい闘いを繰り広げることがある。ぶつかり合う前に終わることが多いが、それは優位なほうのカニが相手を退却させたのだ。

 しかしセロトニンのレベルを上げる薬を投与されたカニは優位になり、退却する傾向が減る。つまりセロトニンのレベルが変化することで、ヒエラルキーにおける自分の地位の理解が変わるのだ。同じことがチンパンジーにも言える。群れのボスであるオスあるいはメスがその地位から追い払われると、権力の真空が発生する。そこで無作為に選んだチンパンジーの個体にセロトニンレベルを上げる薬を投与すると、その個体が群れの指揮を執り始め、新しいボスになる傾向がある。

 人間の場合もセロトニンがヒエラルキーにおける地位の解釈に影響してくる。例えばアメリカの大学寮で行われた調査によれば、長く寮に暮らしてリーダー的役割を担う学生は、新入生よりもセロトニンレベルが高かった。それがティーンエイジャーの精神的不調とどう関係があるのかというと、セロトニンがヒエラルキー内の地位だけではなく、私たちの情動にも重要な役割を果たしているからだ。うつに最も多く使用されている薬はセロトニンのレベルに働きかけるもので、多くの人の精神状態が改善されている。

 つまり精神状態と自分がヒエラルキーのどこにいるのかという実感は、生物学的に密接に関連していることがわかる。ヒエラルキー内での地位が下がると精神状態は悪化する傾向にあるわけだが、現在ほど「地位が下がった」と感じさせられる機会の多い時代はない。ソーシャルメディアを通じて常に他人の完璧な人生を見せつけられているのだから。セロトニンの見地から言うと、過去に精神状態が悪くなる原因がこれほど大きかったことはないのだ。